蓄膿症の大センセイには、やっぱりよくわからなかったけれど、濃度が高い状態だと相当に臭いらしい。そりゃ、元はイカだもんな。

 龍涎香だけでなくすべての動物性香料が臭いが、薄めて植物性香料に混ぜると香りに芯が通り、底が入るという。バラの香りが野バラの香りのように強くなるというから、不思議だ。

 さて、興奮気味に香料のことを書いてしまったが、匂いは音と同じように、他者の領域を無断で侵犯するものである。近くにいる人の体臭は、否応なく鼻孔の中に侵入してくる。音を遮断するには耳を塞げばいいが、鼻を塞ぐのは難しい。両方の鼻の穴に指を突っ込んで塞いでいると、変な人だと思われかねない。

 だからこそ、香水をつける際には、周囲への配慮が必要なのである。

 そこで大センセイ、マンダムという化粧品会社で香水のつけ方を教えてもらったことがあるのだが、極意は「動いたときに香る」であった。それがもっとも高度な香水のつけ方であると、プロの方々は言うのである。

 実は、その好例がある。

 早朝散歩をしていると、毎朝、大センセイの横を國學院大學の駅伝チームが駆け抜けていくのだが、一陣の風のように彼らが走り去った直後、なんともいえない爽やかな香りがふわりと漂うのである。

 おそらく出発前にシャワーコロンか何かつけているのだろうが、それはひたむきな彼らの、無言のメッセージであるような気がして、大センセイ、思わずくんくんしてしまうのだった。

 がんばれ國學院!

週刊朝日  2018年9月21日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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