甲子園Heroes2018」(小社刊)の執筆陣の一人で、東北野球の取材を続けるスポーツライターの佐々木亨氏は、「秋田野球は東北地方の他県のどこよりも手堅く点を取りにいく傾向にあります。過去の成績で比較すると他県より出遅れ感がありましたが、レギュラーだけで勝ち進み、下位打線に日替わりヒーローが生まれるなど、どこか昔のにおいがする野球でも勝てることを再認識させてくれた」と評価する。

 圧巻は、8月18日の準々決勝だろう。

 第4試合の近江(滋賀)との一戦。金足農が1対2と1点リードされ、九回裏を迎えた。無死満塁となり、打席には9番の斎藤璃玖。スクイズが決まり、三塁走者の高橋佑輔に続き、チーム一の俊足、二塁走者の菊地彪吾までもが生還。史上初のツーランスクイズによるサヨナラ勝ちを収めた。

 スタンドで見守っていた選手の母親たちは、このスーパープレーをどう見たか。ほほえましいコメントが返ってきた。

 スクイズバントを決めた斎藤の母めぐみさんは「息子はバントが得意なのでスクイズだと思っていました。普段は控えめな息子が主役になるような活躍をしてうれしかった」。疾風のごとくサヨナラのホームを奪った菊地の母陽子さんは「私が怒るとすぐ走って逃げるので、それで脚力が鍛えられたんだと思います。逃げ足だけは本当に速かった(笑)」。

 決勝戦こそ完投を逃したが、「一人で投げ抜く」姿勢を貫いたエース吉田の存在も忘れてはならない。

 甲子園大会で881球を投げ、球数を巡り議論が起きているが、野球選手の動作解析の第一人者である筑波大体育系の川村卓准教授は「ひじには負担がかかりやすいフォームと言える。さすがに20歳を過ぎても同じような連投はやめたほうがいいと思う。今回は若さで乗り越えられた」と指摘。その上で、完投を続けられた理由を「高校生は全力投球しがちだが、吉田君は自分の体の使い方を把握できていたからこそ、加減ができた」と川村准教授は見る。

 ゆったりとした動きの上半身に、それを支える強靱(きょうじん)な下半身。それゆえにコントロールがぶれずに低めに伸びのあるストレートが決まる。このマウンドさばきや球の切れで思い出すのは、83~85年に甲子園を席巻したPL学園のエース桑田真澄だ。

 川村准教授によると、投球とは腰を中心にして横の回転を支える下半身と、折りたたむように倒して投げる際の上半身の組み合わせだという。

「ひじが伸びて腕が斜めから出てくるところを、ひじをたたんで上からグッと押さえつけるようなフォームで投げているからこそ、きれいな縦回転のストレートになる。あの投げ方は体を縦に使わなければならないので難しいが、下半身をしっかり使いながらうまく投げていた印象がある」(川村准教授)

 大会を通じて成長した“レトロ野球”は、高校野球の戦術に一石を投じたのかもしれない。(本誌・秦正理、緒方麦)

週刊朝日  2018年9月7日号

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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