高橋の一打を皮切りに金足農は無死満塁とした。そのチャンスで、打席に立ったのが斎藤璃玖。今大会はいまだノーヒットの9番打者だ。

「自分は小技で得点に絡んでいくタイプ。次の打者に『つなぐ』意識しかありません。ヒットでつなぐことも大事ですけど、一球で決めたら流れが変わるバントは、僕にとってはヒット以上に大きなものです」

 大事な局面で、試合を決するのは「一発で決めるスクイズだと思う」とも斎藤は話す。それだけに、日頃からバントの意識は高い。

「周りのメンバーが打撃中心の練習をしているなかでも、自分はバント練習により多く時間を費やしてきた」

 送りバントにセーフティバント、そして走者三塁や満塁の場面を想定したスクイズバント。打球の方向や強弱を含めて10種類ほどのパターンがあるというバント練習が、「9番打者」の支えであり、自信でもある。9回裏無死満塁で巡ってきた打席でも、自身の役割がわかっていた。

「ネクスト(バッターズサークル)にいたときから、スクイズのサインがあると思っていた。気持ちは、(中泉一豊)監督さんと同じでした」

 トーナメントを戦う上では打撃が重視され、特に夏の大会では、強行策での打ち勝つ野球が求められがちだ。現実として、強打を売りにして勝ち上がるチームは少なくない。今大会での金足農にしても、大垣日大との2回戦では5番大友朝陽の8回表に飛び出したソロアーチが決勝点となり、準決勝でも3番吉田の2ランアーチ、そして高橋の終盤での一発が逆劇劇を生んだ。

 ただ一方で、ブレない野球スタイルがあるのも事実。それが、スクイズでの得点だ。鹿児島実との初戦では2度、2回戦では1度、それぞれスクイズが決まった。要所で見せる小技が、金足農の快進撃につながっている。

 準々決勝では、土壇場でのスクイズが劇的な瞬間をもたらした。左打席から正確なバントを決めた斎藤は言う。

「三塁側に決まったので同点だなって。練習通りにできました」

 三塁走者の高橋は、こう証言する。

「斎藤とは大阪の宿舎で同部屋なんです。『今日は頼むぞ』って言っていたんです。斎藤にスクイズのサインが出たときは、絶対に同点になると思った。アイツはチームで一番バントがうまいんで。ただ、ホームを踏んで『やっと同点!』と思ったら、後ろに(二塁走者の)菊池彪吾がいた。『おっ、来たわっ』て。立ち上がって、彪吾がホームに滑り込むところを見た。球審が一瞬、間を置いてから『セーフ』と言ったのを確認して一気に盛り上がりました」

 逆転サヨナラとなるツーランスクイズが決まった瞬間、高橋はこうも思ったという。

「今大会は吉田が注目されながらも、苦しいピッチングを続けている中で、『全員で勝てる』いいチームになってきたなあって思いましたね。あと、34年前にPL学園と準決勝で戦った偉大な先輩方に並べたなって。そう率直に思えました」

 1984年、夏。エース水沢博文と長谷川寿のバッテリーを中心とした金足農は、初戦で名門・広島商を6対3で下して勢いに乗った。別府商との2回戦、唐津商との3回戦は、ともに2点差で辛勝。準々決勝では水沢が好投して6対0で新潟南を下し、PL学園との準決勝に進んだ。「ミラクル」という枕詞とともに「カナノウ旋風」と呼ばれた、あの夏。

 100回大会の今夏もまた、34年前の夏と同じ風が吹いている。(スポーツライター 佐々木亨)

※週刊朝日オリジナル限定記事