ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介氏が旅先で読みたい本として選んだ3冊は?(※写真はイメージ)
ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介氏が旅先で読みたい本として選んだ3冊は?(※写真はイメージ)

 本好きにとっては、旅に持っていく本を選ぶのもまた楽しいものです。外出しなくても、書物によって旅を味わうこともできます。ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介氏が旅先で読みたい本として選んだ3冊は?

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■角幡唯介氏が読みたいベスト3
(1)『ヘッド・ハンター』
大藪春彦 徳間文庫 品切れ
(2)『言葉と物 人文科学の考古学』
ミシェル・フーコー著 渡辺一民・佐々木明訳 新潮社 品切れ
(3)『悲しき熱帯 I・II』
レヴィ=ストロース著 川田順造訳 中公クラシックス I1450円、II 1550円

■選書の理由
 旅に出るときの本の選択は意外と難しい。あまり面白すぎる本を選ぶと読書に熱中してしまい、旅に集中できなくなる。下手するとホテルの部屋に閉じこもったり、一日中カフェで過ごすことになったりしかねず、旅に出たのか本を読みに来たのかわからない。かといって気合を入れて難解な本ばかり選ぶと、途中で読む気を失って退屈を持て余す。

 前者の例で失敗したのが、ヒマラヤでの雪男捜索で読んだ大藪春彦『ヘッド・ハンター』。カトマンズの古本屋で見つけたものだが、面白すぎて肝心の雪男捜索がおざなりになった。雪男はいつ現れるかわからず、ずっと望遠鏡で山の斜面を注視しなければならない。作業としては退屈なので、目の前にある大藪春彦につい手が伸びてしまうのだ。

 一方、後者の例としては、今年春の北極の旅で選んだM・フーコー『言葉と物』だ。帰国時に悪天候でフライト待ちを余儀なくされた際に読んだが、つらかった。大きな知的喜びを得られるのは間違いないが、これ1冊というのはいただけない。下手に読みごたえがあるだけに、大学の図書館で本と格闘するような状況となってしまったのだ。

 旅先に旅の本を持っていくのも考えものだ。夏の北極でレヴィ=ストロース『悲しき熱帯』を読んだことがあるが、北極にいるのかブラジル奥地にいるのかわからなくなった。旅行記は日常の世界で非日常を体験するためにあるわけで、非日常の世界で非日常の本を読んでも意味がない。

 と……気づくと失敗した本ばかり取り上げてしまった。いずれにせよ旅先で本を読めば旅より本の世界に入りこむことになり、旅が台無しになりかねない。旅先でのいい読書とは、旅の観点から見ると失敗した読書であるわけで、その意味でこの3冊がおすすめかもしれない。

■プロフィール
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)=1976年、北海道生まれ。著書に『空白の五マイル』『雪男は向こうからやって来た』『探検家の日々本本』『漂流』『極夜行』『新・冒険論』など。

週刊朝日  2018年8月17-24日合併号