ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動するミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する
「んもう、コンタクト乾く……」のひと言から感じたとてつもない臨場感とは?「んもう、コンタクト乾く……」のひと言から感じたとてつもない臨場感とは?
 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は「戸田恵梨香さん」について。

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 設定、台詞、結末といった制約の中で、与えられた『役』を演じる。それが俳優や女優と呼ばれる人たちの生業です。彼らが生々しく映るのは、虚構の世界と実際に生きている現実とが常にせめぎ合っているからではないでしょうか。摩擦や混濁のないところからリアリティなど見えてきません。白や黒を感じたければ灰色を見ろということです。

 薮から棒に堅苦しいことを言ってごめんなさい。連日の暑さで私の思考も混濁しているのかもしれません。しかし事実、私とて女装すればするほど、自分の中で不確かだった“男らしさ”の在り処がはっきりとしてきた気がしますし、伊勢丹と三越も合併した後の方が、それぞれの持ち味や魅力は如実になったように感じます。

 俳優・女優に話を戻すと、私は彼らが演じる虚構に引き込まれるのも、そこから滲み出たり垣間見えたりする役者本人の性(さが)を味わうのも両方好きです。芝居に限らず、いわゆる『ゾーン』に入った時ほど、その人の本質は際立つわけで、私がアイドル歌手や羽生結弦に高ぶる理由はそこにあります。『ゾーン』は技術ではありません。もちろん技術を磨くために費やした時間によって形成された精神性があってこその『ゾーン』なのですが、そこで放たれる人間の本質は鍛錬によってどうにかなるものではない。しかしながら、超人クラスになると、『ゾーン突入時に放出される自分の本質』にすら、さらなる“見せ方”を瞬発的に(しかもたぶん無意識に)足すことができてしまうのです。例えば平昌五輪のフリーを滑り終わった直後、(怪我をしながらも乗り切ってくれた)右脚に向かって「ありがとう!」と叫ぶ羽生さんや、W杯1次リーグで辛勝した後に松田聖子張りの号泣をピッチ上で展開したネイマールさんなどを見ていると、つくづく俳優・女優というのは役や台詞が作るのではなく、単なる体質なのだと気付かされます。

 
 でもって今週の本題は、果たしてそれが役者としての『ゾーン』なのかどうか、私を悩ませる戸田恵梨香さんについてです。現在、彼女が出演している『アキュビュー』のCM。ご覧になったことがある人も多いかと思いますが、夕刻の街を恋人とデートをするというシチュエーションで、戸田さん演じる女性が心の声として発する「んもう、コンタクト乾く……」のひと言。とてつもない臨場感です。恵梨香サマ、完全にキレています。観るたびに、誰かが怒っている現場にうっかり遭遇してしまった時の気まずさのようなものを覚えます。あれは果たして演技なのか? だったらもっとCMらしい“可もなく不可もなく”な台詞回しでもよかったのでは? さもなくば、実際に楽屋か何かを有り得ないぐらい乾燥させ、思わず出てしまった恵梨香サマの生キレ声を隠し録りしたのか?それぐらいマジギレしています。まさにゾーン入っちゃってます。

 いずれにしても戸田恵梨香さんの女優気質の高さは分かりました。仮に、あの「んもう、コンタクト乾く……」が役者的ゾーンならば、彼女は間違いなく超演技派女優です。ちなみに、彼女自身がただの“舌打ち&眉間にシワ系気質”だったとしても、それはそれで似た者同士として仲良くなれそうです。コンタクト、ゴロゴロするとイラッとしますもんね。

週刊朝日  2018年8月10日号

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ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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