【文豪の湯宿】「信玄の隠し湯」が名作を生んだ? 『天と地と』作者の宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】「信玄の隠し湯」が名作を生んだ? 『天と地と』作者の宿

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鈴木裕也週刊朝日

「信玄の隠し湯」と呼ばれ、多くの文人に愛されてきた

「信玄の隠し湯」と呼ばれ、多くの文人に愛されてきた

高浜虚子も宿泊した別館3階の「菊の間」に籠もって、海音寺は『天と地と』を執筆した

高浜虚子も宿泊した別館3階の「菊の間」に籠もって、海音寺は『天と地と』を執筆した

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「海音寺潮五郎」の「湯元ホテル」(山梨県・下部温泉)だ。

【高浜虚子も宿泊した最上級の「菊の間」の写真はこちら】

*  *  *
 昭和36年暮れから37年にかけてのある日、和服姿にバッグを一つ提げて湯元ホテルを訪れた客は「海音寺です」と名乗った。「週刊朝日」に小説『天と地と』を連載中の人気作家は、高浜虚子も宿泊した最上級の部屋に案内された。毎日、朝風呂に入り、朝食を済ませると、日中に数回風呂に入る以外はずっと部屋に籠もって執筆に専念していたという。

 時折の外出先はゆっくり歩いて20分の下部温泉駅だった。書きためた原稿を、駅留めの鉄道小荷物で送るためだ。当時は、鉄道便のほうが郵便より早く届いた。原稿袋を抱え、宿の下駄を鳴らして歩く姿は多くの人に目撃されている。宿の主人が、発送なら宿でやりますよと提案しても、「散歩がてらだ」と、決して人任せにすることはなかったそうだ。

 宿には海音寺が書いた色紙が残っている。

〈いく千歳いくよろず世や下部川 とどろとどろとあり経けむかも〉

 滞在時期的にも、『天と地と』の最終章がこの宿で書かれた可能性は高い。歌に詠まれた下部川の悠久の流れが、作品に少なからず影響を与えたにちがいない。

(文/本誌・鈴木裕也)

■湯元ホテル(ゆもとほてる)
山梨県身延町下部35

週刊朝日  2018年8月10日号


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