保守的な音楽シーンに反旗を翻したウィリーとウェイロンとアルマジロ!? (2/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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保守的な音楽シーンに反旗を翻したウィリーとウェイロンとアルマジロ!?

連載「知新音故」

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小倉エージ週刊朝日#小倉エージ#知新音故
ウェイロン・ジェニングス(左)とウィリー・ネルソン=『アウトロー&アルマジロ』のブックレットから

ウェイロン・ジェニングス(左)とウィリー・ネルソン=『アウトロー&アルマジロ』のブックレットから

ウィリー、ウェイロン、そしてアルマジロをジャケットに配した『アウトロー&アルマジロ:カントリーの騒然たる70年代』(ソニーミュージック SICP-5815~6)

ウィリー、ウェイロン、そしてアルマジロをジャケットに配した『アウトロー&アルマジロ:カントリーの騒然たる70年代』(ソニーミュージック SICP-5815~6)

 73年に出した『ショットガン・ウィリー』は、ロック・ファンに大きな支持を受ける。このアルバムにゲスト参加していたのが、ウェイロン・ジェニングスだ。

 ウェイロンもテキサス州の出身。ザ・ビートルズに多大な影響を与えたバディ・ホリーのバックを務めたことでも知られる。飛行機墜落事故でバディが亡くなった後、ソロ活動を経てナッシュヴィルでデビューする。しかし、ウィリー同様、ナッシュヴィルの旧態依然としたプロデュース・システムに反感を覚えた。

 アルバム『レディーズ・ラヴ・アウトローズ』(72年)に次いで、自身でプロデュースした『ロンサム・オンリー・アンド・ミーン』(73年)、『ホンキー・トンク・ヒーローズ』(同)が成功を納め、ウィリーとともにナッシュヴィル産のカントリーとは異なる“アウトロー・カントリー”ブームを巻き起こした。

 ウィリーとウェイロンが本作のジャケットを飾るのは必然と言える。その2人にアルマジロが絡むのはなぜか。明確な理由がある。

 ウィリーが感動したオースティンの音楽シーンの拠点は、劇場兼ナイトクラブ“ジ・アルマジロ・ワールド・ヘッドクォーターズ”だった。地元出身のアンダー・グラウンドの画家ジム・フランクリンが描いたアルマジロの絵をシンボル・マークとし、劇場名もそれにちなんだという。

 このアルマジロの絵は69年以降、さまざまなバンドのアルバム・カヴァーに起用され、結果、ヒッピー・カルチャーのシンボルとなり、テキサス州の動物に認定されるまでになった、というのである。
『アウトロー&アルマジロ:カントリーの騒然たる70年代』に戻ろう。本作には、ウィリーとウェイロンの代表曲が2曲ずつ収録されている。ウィリーの「ミー&ポール」は、ナッシュヴィル時代の不遇で困難だらけの旅巡業の体験を描いた曲。もう一曲は「赤毛のよそもの」。妻とその愛人を殺した男を題材にしたコンセプト・アルバムの表題曲だ。抑制の利いた淡々とした歌唱が印象深い。


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