日比谷線の人形町駅か八丁堀駅を過ぎたころ、何か2回くらいドスンというような音がして、目が覚め、車内を見回したら、左斜め前に立っていた初老の男性がいきなり、のど元に手を当て、体を硬直させながら後ろ向きに倒れた。

 2メートルくらい離れたドアの近くには水たまりのようなものがあった記憶があります。車内にはシンナーのようなにおいが漂っていて、クラクラした気分になった。キャーという女性の悲鳴も聞こえた。

 スーツ姿のサラリーマンが、ハンカチを口に当てながら、ドアの近くにあった非常通報ボタンを押して、電車は築地駅で緊急停止した。「毒ガスだ、逃げろ」という声が聞こえ、乗っていた人たちは、ドアをこじ開け、一斉に走りだした。私も駅の外へ逃げようと全力で走ったが、階段を上っている途中で、足が動かなくなった。四つん這いになって地上を目指した。

 階段を上り切って、外に出ると築地本願寺のそばに出た。青い空、澄みきった空気でした。

 何が地下鉄で起きたのかはわからなかったが、とにかく会社へ行くことだけを考えていた。築地本願寺の前あたりから市場のほうへ交差点を目指して歩き、交差点でタクシーを拾い、後部座席に座り込んだ。運転手さんと話をしているうちに、息苦しくなり、大きく口を開けてハアハア言うようになって、そのうち気を失ってしまった。

 気づいたら、タクシーの運転手さんにかつがれて、虎の門病院の受け付けへ到着していた。病院ではソファに倒れ込んでいる人、ハンカチで口を覆ってうずくまっている人、駆け回る看護師さん。パニック状態でした。

 私は集中治療室(ICU)に運ばれ、点滴を受け、しばらく気を失っていた。スタッフが電話で「えー、サリンだってよ」と話している声が聞こえてきた。それで、サリンがまかれたのを知りました。病室がとても暗く感じました。後で知ったのですが、目の前が暗く感じるのはサリンの中毒症状だそうです。

 4日間入院しました。その後、通院しているときに、病院で警察の方からも事情を聴かせてほしいと言われ、話をしました。警察官から、地下鉄の電車の車内に、私が通勤の緑のバッグを忘れたと教えられました。中には弁当が入っていました。

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事件後、精神科に入院したことも…