【文豪の湯宿】司馬遼太郎が訪れた維新の志士ゆかりの宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】司馬遼太郎が訪れた維新の志士ゆかりの宿

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鈴木裕也週刊朝日

司馬遼太郎が逗留した103号室からは『街道をゆく・長州路』で描かれたアカマツが目の前に見える

司馬遼太郎が逗留した103号室からは『街道をゆく・長州路』で描かれたアカマツが目の前に見える

江戸幕府末期につくられた“維新の湯”。維新の志士も入浴した

江戸幕府末期につくられた“維新の湯”。維新の志士も入浴した

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「司馬遼太郎」の「松田屋ホテル」(山口県・湯田温泉)だ。

【維新の志士も入浴した“維新の湯”の写真はこちら】

*  *  *
 昭和45年6月10日は雨だった。この日、司馬遼太郎は維新ゆかりの宿「松田屋ホテル」に宿泊している。翌年に控えた連載『街道をゆく』の長州路取材のためだった。

〈六月十日、山口ニテ雨。アカマツ。と、私の手帳にある。「アカマツ」とそれだけメモをしてあるのは、この宿の(略)庭の赤松が、こまかい雨に濡れて枝もその根方の翠苔(すいたい)もじつにあざやかであった。その印象を忘れぬために書いておいた〉

 1675年創業の松田屋は維新の志士たちが集った場所。貴重な文化財が数多く展示されている。しかし、次の執筆テーマが決まると“神田の古書店街から関連図書が消える”とまで言われたほど資料蒐集(しゅうしゅう)を徹底する作家がこの日選んだのは、資料より湯だった。到着するなり〈湯へ噛みつくようにして入った〉。坂本龍馬らも入ったとされる「維新の湯」だ。そして、〈作家にとって知識は敵〉であり、〈素(す)の身は湯に浸り(略)驚く工夫をしてゆかねば〉と記した。

 大作家はこの取材を通じて、時代を超えて残るアカマツや湯の風合いを肌で感じ、維新当時のリアルを読み取りたかったのかもしれない。

(文/本誌・鈴木裕也)

■松田屋ホテル(まつだやほてる)
山口市湯田温泉3‐6‐7

週刊朝日 2018年7月13日号


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