そもそも避妊方法を含めた性教育を、この国の公教育では受けられない。命に関わることなのに正確には教えず、性の知識といえば、女性への性暴力を商品化して娯楽にするようなAVで得る子どもが大半を占めていたりする。今の40代男性などその典型だろう。知識もなく、女性の身体への理解も優しさもなく、ペニス中心での思考。梅毒の治療法はみつかっても、梅毒がなくならず、この国で急増しているのは当然の帰結のようにも思えてくる。

 近代の性売買産業の発展は、常に性病管理とセットだった。女だけ、に強いられる性病管理だ。公娼制度の女性たちも、そして「慰安婦」にさせられた女性たちも、誰もが検査台に強制的にのせられた。男性たちが安心して「遊ぶ」ために、大量のペニシリンを投与され亡くなった女性もいた。「慰安婦」の女性は梅毒にかかると606号という薬を打たれたという。この薬は強烈で、副作用の吐き気とめまいに苦しみ、しかも「死体が燃えるときのにおい」がしたという。

 人類を苦しめてきた梅毒から解放された20世紀、治療法がみつかってもなお、性産業に取り込まれた女性たちを苦しめてきた梅毒。その梅毒が、今、改めて私たちに投げかけている問いとは、いったい何だろう。

週刊朝日 2018年7月13日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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