今回の殺傷事件の発生当時、小島一朗容疑者は2人掛けシートの通路側に座っていた。犯行の直前、容疑者の様子が普通でなかった、との証言もある。

 最初に切りつけられた女性は、新横浜駅から乗車した。窓側の席に座るために容疑者の前を通ろうとしたが、通り道を譲ってもらえず、違和感を覚えたという。また、容疑者はいすに浅く腰かけ、両ひざに拳をのせ、前方をじっと見つめていたという乗客もいる。

 犯罪心理学に詳しい東京未来大学の出口保行教授によると、こうした犯行の容疑者は実行するか踏みとどまるかを迷いながら、行動に及んでいくという。犯行直前の心理状況について、こう説明する。

「殺人犯は、犯行直前になるにつれて強い緊張感が走り、異様な興奮状態に入る、といいます。同様な状況は今回の事件でもあったと思います。見分けることは難しいですが、『普通と違うな』と少しでも思ったら、警戒したほうがいい」

 鉄道会社がどれだけ安全対策に取り組んでも、悪意のある人間を公共空間から完全に排除することは難しい。自分が事件に遭ったら、どうすればいいのか。

 出口教授は「とにかく早く逃げることが重要」と強調する。事件の容疑者は興奮状態となり、客も恐怖でパニック状態になるためだ。

 今回の殺傷事件のように、狭い車内で突然切りつけられ、すぐには逃げられない場合、どうすればよいか。

実践的な護身術を教える「MagaGYM(マガジム)」(東京都)の奈良恒也インストラクターは「自分も命をかける思いで必死になって、反撃に出なければいけない。相手の勢いをそぎ、少しでもひるんだ瞬間に逃げるべきです」との立場だ。目やあご、鼻など顔にある急所をねらうのが有効という。

 万一襲われたときにどう行動すべきか、一度イメージトレーニングをしておくとよいという。手元に傘やペン、カバンやスーツケースなどがあれば、護身に使える。また、水やコーヒー、ビールなどをかけることも有効。相手をひるませ、その間に逃げることがポイントだ。「凶行は地震などと一緒で、いつ起きるかわからない。備えが生死の分かれ目になります」

 快適で安全と世界に認められてきた日本の鉄道。しかし、安全性を過信せずに万一のときに身を守るすべも考えておきたい。(本誌・浅井秀樹、吉崎洋夫)

週刊朝日 2018年6月29日号

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吉崎洋夫

吉崎洋夫

1984年生まれ、東京都出身。早稲田大学院社会科学研究科修士課程修了。シンクタンク系のNPO法人を経て『週刊朝日』編集部に。2021年から『AERA dot.』記者として、政治・政策を中心に経済分野、事件・事故、自然災害など幅広いジャンルを取材している。

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