【文豪の湯宿】巡査が駆けつけ“大事件”に…宮沢賢治ゆかりの混浴温泉 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】巡査が駆けつけ“大事件”に…宮沢賢治ゆかりの混浴温泉

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鈴木裕也週刊朝日
築200年を超える湯治屋には庶民的な雰囲気が残る

築200年を超える湯治屋には庶民的な雰囲気が残る

おおらかな湯浴み時代そのままの混浴露天風呂「大沢の湯」。脇を流れる豊沢川の景色は賢治の時代と変わらない

おおらかな湯浴み時代そのままの混浴露天風呂「大沢の湯」。脇を流れる豊沢川の景色は賢治の時代と変わらない

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は宮沢賢治の「自炊部・湯治屋」(岩手県・大沢温泉)だ。

【露天風呂「大沢の湯」の写真はこちら】

*  *  *
 宮沢賢治が大沢温泉を初めて訪れたのは明治39年夏。敬虔な仏教徒だった父が主催する仏教講習会がここで開催されたのだ。その後も何度か家族旅行でこの宿を訪れた。

 初めて親と離れて宿泊した盛岡中学(現・盛岡第一高校)時代に、羽目を外したいたずらをして“大事件”を起こしてしまう。温泉を汲み上げる水車を止めてしまったのだ。

 結果は惨憺たるものだった。お湯は川に流れ込み、温泉に川の水が流れ込むと、水の通り道にたまっていた蛇の抜け殻、カエルの死骸、泥水などが混浴の温泉に流れ込んだ。巡査まで駆けつける大騒ぎとなったが、「犯人」は突き止められなかった。

 自宅に戻った賢治は、学友に手紙を出し、大沢温泉での“武勇伝”を自慢した。

〈僕は先頃一週間ばかり大沢に行った。大事件は時に起こったね。(中略)面白くおっかなかったねー。巡査君には宿主があやまってゐた。家の人と行かないと之だからいい〉

 後年、花巻農学校の教師となった賢治は、野外活動の一環として生徒たちを引率して、思い出深いこの宿を訪れている。

(文/本誌・鈴木裕也)


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