ここで特筆すべきは、アメリカのスポーツイベントに多くの「軍人」が登場することだ。オープニングのシーンは特殊部隊の兵士がスタジアムの上空からパラシュートで降下。ミシガン大の「M」の旗を広げて着地し、大観衆の称賛を受ける。この映像だけは軍から提供されたもので、スポーツイベントを通じて軍と国民との結びつきを深めてきたことが見て取れる。

「大学アメフトなどが軍のプロパガンダの装置にもなっているわけです」

 第1作「選挙」から続く、想田監督にとっては8作目の観察映画。ナレーションも音楽も説明テロップも入れない独自手法に変わりはないが、日本公開のためにインタビューには日本語字幕がついている。国旗掲揚の際にスタジアムの観衆が立ち上がり、国歌斉唱となる。日ごろオリンピック中継などで耳慣れたセレモニーだが、楽隊の練習風景の場面に流れる和訳の歌詞には戦場の様子が盛り込まれていて、改めて驚かされる。

「米国の国歌は米英戦争の最中の一場面を歌った戦意高揚の歌で、あんなにバラバラに見えるアメリカ人なのに、国歌斉唱となると全員が起立して真顔であれを歌うわけです」

 俯瞰した映像は巨大な塊にも見える。

「ただそこにも微妙な階調がある。よく見てもらうとわかりますが、立つだけの人、歌う人、胸に手を当てる人、コーヒーのコップを手にもっている人……。僕を招いてくれたマーク・ノーネス(ミシガン大学映像芸術文化学科・アジア言語文化学科教授)が言っていたことですが、彼らはそうした立ち方に“微妙な距離感”を表しているんだと。しかし、あの中で着席したままでいるとなると相当なプレッシャーを受けるでしょう」

 これは想田さんの9・11後の体験談だ。ニューヨーク・メッツの試合を観戦しに行った際に、あえて立ち上がらなかった。電光掲示板に「私たちは私たちの軍隊をサポートします」のメッセージとともに軍人が愛国歌「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌いあげる間、席に座ったままだった。

「ここで起立するということは、報復戦争への流れに加担することになると思ったからです。でも、怖かった。おまえはテロリストの味方かという、刺すような目つきで見られました。何よりアメリカでは軍隊に対する批判はタブーです」

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