【文豪の湯宿】新潮が“ライバル”文春創業者に“ご褒美”? 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】新潮が“ライバル”文春創業者に“ご褒美”?

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鈴木裕也週刊朝日
モザイクタイルで造られた「大正風呂」。大正時代に、当時としては珍しいタイルを輸入してモダンな空間を作り上げた

モザイクタイルで造られた「大正風呂」。大正時代に、当時としては珍しいタイルを輸入してモダンな空間を作り上げた

大正8年以降の4年で5回転居した引っ越し魔の菊池。宿帳の住所には10カ月間しか住まなかった

大正8年以降の4年で5回転居した引っ越し魔の菊池。宿帳の住所には10カ月間しか住まなかった

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「菊池寛」の「元湯 環翠楼」(神奈川県・塔ノ沢温泉)だ。

【写真】引っ越し魔の菊池寛。宿帳の住所には10カ月間しか住まなかった

*  *  *
 大正12年1月、文藝春秋社を私費で創業し、雑誌「文藝春秋」を創刊した菊池寛。創刊号は発行部数3千部、全28ページ。驚くべきはその価格で、当時最も権威のあった「中央公論」が定価1円のところを10銭で販売。菊池は“かけうどん1杯分”の値段にこだわった。創刊号は完売、その後も順調に部数を伸ばしていく。

 売れっ子小説家でもあった菊池は、同年5月10日、文壇の大御所・徳田秋声らとともに、「新潮」誌の人気企画の創作合評会のための座談会で江戸初期創業の老舗「環翠楼」に宿泊。それまでは料理屋で開催されていた座談会が、伊藤博文が命名、皇女和宮が療養した高級旅館で行われたのは、企画好評の“ご褒美”だと推察されるが、中心人物の菊池がこれを喜んだかは不明。

 なにしろ、手や顔を洗うのが嫌いで、いつも水をつけて乾かすだけだったという逸話の主。はたして温泉を好んだか。また、普段から畳や肘掛けで煙草の火を揉み消し、帯を引きずって歩くなどの素行で知られたが、この滞在中はどうだったのか。興味は尽きないが、残念ながらこの日の記録は宿帳以外残っていない。(文/本誌・鈴木裕也)

■元湯 環翠楼(もとゆ かんすいろう)
神奈川県箱根町塔之沢88

週刊朝日 2018年6月1日号


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