秀子は、そんな風変わりな夫の生き方を受けとめている。モリと来客の間を取り持ち、碁の相手をしては常に夫を負かし、夜は「学校」へと送り出す。夫婦はやさしい言葉をじかにかけ合うわけではないけれど、ふと漏れる言葉にお互いへの深い思いがにじむ。

 沖田監督は「南極料理人」「横道世之介」などの作品で、ひとクセある登場人物たちの哀歓を絶妙に描いてきた。山崎さんを通じて谷の存在を知り、今回の映画化の芽が育まれた。

 映画の小説版である小林雄次著『モリのいる場所』(朝日文庫)も発売中。映画のストーリーを踏襲しつつ、モリを取り巻く登場人物たちの視点を通して、モリの日常が軽やかに立ち上る作品に仕上がっている。(書籍編集部・山田智子)

■憧れを演じるむずかしさ――山崎努さんに聞く

 名優・山崎努は熊谷守一を「僕のアイドル」と言う。十数年前に書店で画文集を手にし、絵と人柄にほれ込んだ。「キツツキと雨」(2012年)のロケ撮影に臨んでいたとき、沖田修一監督に「近くにある熊谷の記念館に行ってみては」と勧めたところ、5年ほどして、沖田監督から脚本が届いた。山崎を熊谷役に当て書きしたものだった。

「うれしかったけど、実在の人物で自分が憧れを持っている人でしょう? やりにくかったですよ。僕はいつも『この人は世の中に対して、自分に対して、ここがうまくいってないんだな』というのを探して、それを役のとっかかりにしてきたから」

 熊谷家を訪れる客とのとぼけたやり取りも、庭の散歩も、モリは常に渋面だ。「俗世を超越した“仙人”ではなく、世の中と折り合いのつかないところがあるから、30年も外に出ず、ひたすら庭という小宇宙に向かう。そう考えてあの顔にしました」

 長く白いヒゲと三角帽子。森の妖精のような、不思議とかわいい渋面だ。(朝日新聞記者・小原篤)

■モノ言う役者の真骨頂――樹木希林さんに聞く

 山崎努は、文学座の先輩に当たる。

「1961年に私が文学座の研究生になったとき、山崎さんはキラキラキラーッと輝いてました。話をするどころか、そばにさえ寄れなかった。今回、出演依頼があったときは『はい!』と即決でした」

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