萩本欽一「僕が教えたいのは『マヌケ学』。ダメなヤツほどダメじゃないんだ」 (3/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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萩本欽一「僕が教えたいのは『マヌケ学』。ダメなヤツほどダメじゃないんだ」

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石原壮一郎週刊朝日

萩本欽一(はぎもと・きんいち)/1941年、東京都生まれ。66年、7歳年上の坂上二郎と「コント55号」を結成。国民的な人気となる。その後、ソロ活動。「いい若いヤツがいたら『欽ちゃん』の名前をあげたい。でも、そこまでがんばろうってのがいなくてさ。時代が違うんだね」。(撮影/写真部・小原雄輝)

萩本欽一(はぎもと・きんいち)/1941年、東京都生まれ。66年、7歳年上の坂上二郎と「コント55号」を結成。国民的な人気となる。その後、ソロ活動。「いい若いヤツがいたら『欽ちゃん』の名前をあげたい。でも、そこまでがんばろうってのがいなくてさ。時代が違うんだね」。(撮影/写真部・小原雄輝)

 いつまでも「欽ちゃん」でいられなくなってきたのも、自分としてはいやだなあって感じてたんだ。いつの間にか「大将」になっちゃった。自分らしくない、すごいニセモノが歩いている感じがした。

 いろんなことに疲れちゃって、休養って言うとカッコいいけど、逃げたんだよ。僕のモットーは、勝つか逃げるか。あれ以上やっていたら、自分を嫌いになっていたかもね。

 テレビには、声がかかればたまに出ることはあるけど、僕はテレビに出ることが好きなわけじゃない。番組を作るのが好きなの。

●留年じゃない延長戦なんだ

 2015年4月、73歳で駒澤大学仏教学部に入学。この春から4年目の学生生活を送っている。それはやり残した「人生の忘れ物」であり、心の片隅にあった〝普通の人生〟の歩み直しなのかもしれない。

 まさか自分が大学生になるとは思っていなかったけど、70歳を過ぎて「よし、入ろう!」と思って、がんばっちゃった。おやじやおふくろが生きていたら、なんて言ったかな。おふくろは「やっと真面目な道に進んでくれたのね」って喜ぶかもね。

 今まさに、もう一つの人生を送っているのかもしれない。忘れてきた人生が、目の前に現実の光景としてあるんだよね。

 毎日、キャンパスを歩くのが楽しくて。雨で傘がないと、知らない女子学生が「ぬれるわよ」って入れてくれる。僕が欽ちゃんだからじゃない。困っていそうな年配者に対して、そういうことをスッとできる空気がある。世間とちょっと違うんだよ。

 こんな楽しいところ、4年で出ちゃったらもったいないからね。まだしばらく卒業する気はないよ。同級生には「留年したって言うな。延長戦なんだ」って言ってる。僕は単位がほしいわけじゃないから、いい成績を取れそうにないテストはパスするの。先生に失礼だからね。

 でも、勉強っていいね。やればやっただけ結果がついてくる。テストにしたって、ゴールが見えているからそこに向かってがんばれる。テレビの番組作りは、何が正解で、どうがんばればいいのか、さっぱりわからないままやってきたからね。



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