池波が〈味も形態も、実に、みごとなものだ〉(『むかしの味』)と絶賛した神田まつや本店の太打ち(撮影/松永卓也)
池波が〈味も形態も、実に、みごとなものだ〉(『むかしの味』)と絶賛した神田まつや本店の太打ち(撮影/松永卓也)

 国民的小説「鬼平犯科帳」が刊行されて、今年で50年。池波正太郎が改めて脚光を浴びている。稀代の食通としても知られている池波が、著作に実名で記した店を訪ねてみた。その味は今でも輝きを失っていない。

【フォトギャラリー】著作に実名で記した店をご紹介】

■「遠いむかしの江戸の蕎麦を目前に見るおもいがする」

〈うまいといえば〔まつや〕で出すものは何でもうまい。それでいて、蕎麦屋の本道を踏み外していない〉(『むかしの味』以下※1)メニューが揃う。

〈ことに太打ちの蕎麦は、遠いむかしの江戸の蕎麦を目前に見るおもいがする〉(※1)という太打ちは、普通の5~6倍の太さがあり、啜ることは難しい。モグモグと噛むことで、香りが口中に広がる。事前予約が必要で、池波も頼むのは稀だった。

「もり、かしわ南蛮、鴨南蛮を食べることが多かったです。カレー南蛮や親子丼の時もありました」(店主の小高孝之さん)

 やはり何でもうまい店だった。

「神田まつや本店」東京都千代田区神田須田町1‐13/営業時間:11:00~20:00(土祝は~19:00)/定休日:日

■「いかにも大阪洋食ふうのソース(むしろタレといいたい)が“とろり”と」

 昔はすぐ近くに新歌舞伎座があり、そこを訪ねた折に食べに来たという。

 2代目店主夫人の吉原敏子さんは「先生が座るのはたいてい、玄関脇のテレビの下の席でしたね。いつもカメラをぶら下げていらして、店の中でも何やら撮影していました」と回想する。

 池波が〈いかにも大阪洋食ふうのソース(むしろタレといいたい)が“とろり”とかかったビーフ・ステーキのやわらかさ、その肉のよろしさに、私は満足した〉(『散歩のとき何か食べたくなって』以下※2)と記した独特のソースは、ケチャップや自家製デミグラスソースなどを混ぜ合わせたオリジナルだ。隠し味に醤油を使っているので、ご飯によく合う。

「重亭」大阪市中央区難波3‐1‐30/営業時間:11:30~15:00、17:00~20:30/定休日:火(祝日の場合は翌水)

次のページ