鉄尾:とりたててすごい事件が起きるわけではないんだけど、誰もがどこかで経験したことのある日常のエピソードがちりばめられていて、共感が得られやすいのかなと思いますね。漫画を描いた羽賀さんは、中学生のときにいじめられっ子に消しゴムを貸して返してもらったとき、いじめっ子から「バイ菌がついたから捨てろ」と言われて捨てちゃったらしいんです。漫画を描いてるときに、急にそのときの後悔の気持ちがよみがえってきたと言ってました。

林:なるほどね。原作は1937年、昭和12年ですよね。コペル君はこんなに人生の真実をつかんでも、たぶんこのあと学徒動員で戦場に行かされるわけでしょう。戦場で上官に「捕虜を殺せ」って命令されるかもしれない。おじさんは吉野源三郎のように思想犯で捕まるかもしれない。二人にはこのあとつらい運命が待ってるんじゃないかと思って、ちょっとせつなくなりましたよ。

鉄尾:それはきっと、林さんが小説家だからですよ。

林:ふつうはそこまで考えないのかな。でも今の子どもって、学校から帰って学生服を脱いで着物を着るなんてあり得ないじゃないですか。子どもたちから「なんでこの子は着物を着るの?」とか、そういう疑問は出なかったんですか。

鉄尾:時代設定を現代に変えようという話もしたんですよ。ただ、「じゃあ、お豆腐屋さんの浦川君は何屋さんにする?」みたいなことになってしまう。わりと早い段階で、原作どおりでいいんじゃないかということに落ちつきました。それよりも、おじさんとコペル君が一緒に悩んでいることのほうが大事なんじゃないかって。

林:なるほど。それにしても、おたくは雑誌の会社というイメージがあるから、書籍でこれだけのヒットが出るってすごいと思いますよ。

鉄尾:ほんとに久しぶりですよ。100万部超えたのは『世界がもし100人の村だったら』(01年)以来ですからね。(構成/本誌・野村美絵)

週刊朝日 2018年4月27日号より抜粋