「糖尿病の治療の目的は合併症を防ぐことにあります。しかし高齢者の場合はそれに加え、老年症候群を防いで健康寿命を延ばすことも重要な目的です」

 と、東京大学病院糖尿病・代謝内科講師の鈴木亮医師は話す。

 さらに、症状の現れ方も中高年と異なる。

 最も注意が必要なのは、低血糖が起こりやすく、かつ重症化しやすい点だ。低血糖は薬が効きすぎたときに起こる。典型的な症状は、発汗、動悸、手のふるえなどの自律神経症状で、そのときにブドウ糖や砂糖を摂取すれば治まる。

 だが、高齢者ではそういう症状が出ずに、頭がクラクラする、からだがフラフラする、めまい、目がかすむ、ろれつが回らないなどの症状が出ることが多い。さらに、脱力感、集中困難、意欲低下、せん妄(一時的な意識障害や認知障害)などもみられることがある。

「典型的な症状で現れないため低血糖に気づかず、適切な対処ができないまま意識障害を起こすことも少なくありません。低血糖で救急搬送される人は年間2万人と推計されていますが、そのほとんどは糖尿病の高齢者です」(荒木医師)

 一方で、異常な高血糖にも注意が必要だ。典型症状は口渇、多飲、多尿だが、高齢者ではこれらが出にくい。のどが渇いた自覚がないため水分摂取が足りず、脱水を起こす。この状態で感染などが加わると、「高浸透圧高血糖症状態」という急性合併症を引き起こす。以前、糖尿病性昏睡と呼ばれていた重い症状で、インスリンの点滴や大量の輸液が必要になる。

 ほかにも高齢者糖尿病の特徴は多数あり、全身にわたってさまざまなリスクを増大させる。

 こうした特徴を考慮して治療するための指針として作成されたのが、前出のガイドラインだ。ポイントは、患者の心身の機能や使用している薬などに応じて、血糖コントロール目標を設定したこと。コントロール状態は、過去2カ月間の血糖値の平均を示す「ヘモグロビンA1c(HbA1c)」で評価する。中高年では通常7.0%未満だ。

 高齢者は、まず心身の機能で三つのカテゴリーに分ける。Iは認知機能が正常でADLに問題がない人、IIIは中等度以上の認知症があったり、食事、入浴、排泄などの基本的ADLが低下していたりし、身の回りのことに介助が必要な人だ。

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