さすがに「人命優先だろ」と、行司の判断を批判する声は大きい。行司が繰り返しマイクで「注意」しても、市長のそばを離れなかった女性の勇気を褒め称える人もいる。人命>伝統、というのが一般的な理性なのだろう。

 とはいえ、そもそも「女性の方は土俵から降りて」と、倒れた市長のそばにかけよることもせず、マイクを使って機械のように繰り返し言い続けた若い男性行司の感覚を支えているものは、「伝統」なのだろうか。

 それって、単に人権感覚がないだけじゃないか。彼が「見殺し」にしたのは、市長の命だけじゃなく、女性の尊厳をも、だ。利益と相撲存続のために伝統を加工・修正し続けてきたくせに、こと女となると思考停止する土俵の上。男>土俵>女、という思考停止が、今回の「事件」で浮き彫りになった。

 だけど、これって角界だけの話なのだろうか……という恐ろしい疑問がちらりと湧く。人権に対する鈍さ、様々な土俵から女を排除し続けた横暴。それって、今のニホンそのものの姿……。

週刊朝日 2018年4月20日号

著者プロフィールを見る
北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

北原みのりの記事一覧はこちら