【文豪の湯宿】太宰治が“必ず袴を着け”執筆した宿 「美少女」の題材にも 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】太宰治が“必ず袴を着け”執筆した宿 「美少女」の題材にも

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鈴木裕也週刊朝日

宿泊中はたまに散歩に出かける程度で、ほとんど外出することなく執筆に専念していたという

宿泊中はたまに散歩に出かける程度で、ほとんど外出することなく執筆に専念していたという

当時はお湯がぬるく、太宰は「水とそんなにちがはない」と表現した

当時はお湯がぬるく、太宰は「水とそんなにちがはない」と表現した

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる新連載「文豪の湯宿」。今回は「太宰 治」の「旅館 明治」(山梨県・湯村温泉)だ。

【写真】短編「美少女」の題材になった風呂はこちら

*  *  *
 昭和14年1月、井伏鱒二の媒酌で石原美知子と結婚した太宰治は甲府に家賃6円50銭の小さな新居を借りた。甲府の夏は暑く、汗疹(あせも)に悩んだ妻が治療に通ったのが湯村温泉だった。太宰も旅館明治を訪れ、混浴だった共同浴場で見かけた少女を題材に短編「美少女」を書き上げた。

 その年の9月、東京に転居。「走れメロス」などの優れた短編小説を発表した後も、太宰はこの宿を利用している。昭和17年には1カ月滞在し『正義と微笑』を、18年には『右大臣実朝』を執筆。当時、最良とされた2部屋を取り、1室を書斎として、1室を寝室に使用していた。

 太宰は宿から、出版社にハガキを送って校正刷りの手配をしている。

〈仕事をするために、表記にまいって居ります。寒い、淋しい山里です。一箇月ほど滞在の決心です〉

 当時の女将によると、太宰は毎朝遅めの時間に起き出し、必ず袴を着けて机に向かっていた。女将が打った「ほうとう」を喜んで食べたという。1泊2円50銭の宿泊代を、すべて現金で支払った。

 太宰が宿泊した部屋は現在、「双葉」の間として残されている。(文/本誌・鈴木裕也)

■旅館 明治(りょかん・めいじ)
甲府市湯村3‐10‐14

週刊朝日 2018年4月13日号


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