20歳の頃、歌舞伎公演での大役が続き、ゆっくり休む暇もなく、ましてや旅行に行く時間などなかった坂東玉三郎さんは、あるとき、心を癒やす一本のカセットテープに出会う。越路吹雪さんが歌った「世界の恋人たち」。歌を聴いて、まるでヨーロッパを旅しているような気分になった。
「中でも、『アマリア』とか『ひとりぼっちの愛の泉』など、越路さんのオリジナル曲に、とくに心惹かれました。どちらも作詞は岩谷時子さんで、越路さんの夫である内藤法美さんが作曲したものです。不思議ですね。日本で生まれた曲なのに、僕の中で、異国での旅のイメージが広がっていったのですから」
越路さんを敬愛し、ことあるごとにコンサートに足を運んでいた玉三郎さんは、会場入り口に立っていた岩谷さんと顔見知りになり、それが縁で、やがて越路さん本人とも親交を深めるようになる。
「越路さんからは、舞台人としての様々なことを学びました。越路さんは、人生のすべてをステージにかけていたような方。どのくらい前に楽屋入りするかといった細かい点から、作曲家との付き合い方、普段の家での過ごし方まで、真似をするわけではないですが、その、舞台にかける姿勢を参考にさせていただきました」
昨年は、越路さんの三十七回忌特別追悼公演に出演。秋にはアルバム「邂逅~越路吹雪を歌う」もリリースした。今年はスペシャルコンサート「坂東玉三郎 越路吹雪を歌う『愛の讃歌』」で全国を回る。