帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
小中学校の授業に医学を(※写真はイメージ)小中学校の授業に医学を(※写真はイメージ)
 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒 養生訓】(巻第六の27)
頓死(とんし)の症多し。卒中風(そっちゅうぷ)、中気、中悪、中毒(中略)
常の時、方書を考へ、又、其治法を、
良医にたづねて知り置(おく)べし。かねて用意なくして、
俄に所置(しょち)を失ふべからず。

 養生訓で益軒は頓死(急死)についても語っています。「頓死の病気は多い」と始めて、脳卒中、食中毒、凍死、火傷、日射病、破傷風、喉頭浮腫、肺水腫、失血、打撲、小児のジフテリアなどを列挙して、「(こうした病気は)、みんな急死する」と説明しています。確かに、その通りです。

 このほかにも、五絶と称する五つの頓死(いし)の原因をあげています。首をくくる縊死、圧死、溺死、就寝中の急死、婦人の難産の死です。これらはいずれも「暴死」であると語ります。

 急死というのは、本人はあまり死の自覚がないままに死んでしまうので、気が楽だと考える人もいるようですが、私は嫌だなと思っていました。死ぬ際にはゆっくり自分の人生を振り返って総括し、心ゆくまで好きなことをして、それから死にたいと考えていたのです。そのときを考えて、本を買い集めたりもしていたのです。

 ところが、夏目漱石の書いた一文を読んで考えが変わりました。それは「野分」という小説の一節です。

「理想の大道を行き尽くして、途上に斃るる刹那に、わが過去を一瞥のうちに縮み得て始めて合点が行くのである」

 理想を追い求めてまっしぐらに生き、その途中でバタリと倒れる。倒れる刹那に我が過去、自分の一生が一瞬のうちによみがえってくるというのです。この死生観はすばらしいですね。ああ、そうか、急死でも一瞬で自分の人生を走馬灯のように思い出すのならば、それでいいなと思うようになりました。それ以来、死に方は気にならなくなりました。とにかく、理想の大道を行き尽くそうと、覚悟を決めています。

 
 でも、本人はよくても、周りの者は急死されると、やりきれないかもしれないですね。先日、ばったり、小学校の同級生に会ったのですが元気がないんです。話を聞くと、「いやあ、じつは1週間ほど前に女房を亡くしたのよ。それも突然、テレビを観ていたとき、うっと言って、それっきりだった。さよならもありがとうもなかったよ」と言うのです。彼の寂しさが伝わってきました。

 益軒は頓死について、「常の時、方書を考へ、又、其治法を、良医にたづねて知り置べし。かねて用意なくして、俄に所置を失ふべからず」(巻第六の27)と言っています。日頃から対処の方法を考え、良医に救急法を教わっておくのがいい。その時に慌てるようでは困る、というのです。益軒は「医術は有用の事也。医生にあらずとも少(すこし)学ぶべし」(巻第六の49)と説いており、みんなが医術を学んだほうがいいという考えでした。頓死に対しても、一般の人が救急法を知ることが必要だというわけです。

 私もその考えには賛成です。かねてからの持論ですが、小中学校の授業に医学も加えるべきです。年齢に応じて病気の症状や治療法を学ぶのは、生涯を通じて養生を深めることにつながると思うのですが、いかがでしょうか。

週刊朝日 2018年3月30日号

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帯津良一

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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