「てめえ、この街に何年いるんだ。この野郎!」。そんな感じで凄まれる。達人になれば目が肥えてくる。阿吽の呼吸というのか、魚心あれば水心ありというのか、ベテランになると、客の顔色をうかがうだけで、どんなことを考えているのかが分かったという。

 在籍ホステス800人を抱え、一世を風靡したグランドキャバレー「ハリウッド」での社員教育を思い出す。店の前でのフリー客の呼び込み。これなら立ち止まるという「キャッチな語り」についてである。

 ハリウッドグループ会長の福富太郎さん(86)が教えてくれたのだが、誘いの言葉をあれこれ並べ立てるより、客が好きそうなタレントの名前をまずは挙げるのだという。「ねえ、旦那さん。○○にそっくりな子がいますよ」。社員の手帳には「このお客さんだったら○○」「この人だったら△△」とパターン別にタレントの名前がびっしり書き込まれていたという。

 話を戻そう。猶予期間を設け、昭和32年4月1日に売春防止法が施行され、警察の売春取締本部が街頭一斉検挙をした。本格的なポン引きは次から次へと息の根を止められ、吉村さんも逮捕された。懲役4カ月の実刑判決。最高裁まで争ったが判決は覆らず、昭和34年1月に前橋刑務所に収監され、同年5月に出所した。

 それから59年。「あんなに面白い時代はやってきませんよ」。吉村さんは生前、そう予言していた。確かに規制が強まり、冒頭のように大っぴらな客引き行為はしにくくなった。かつてのような、味のあるポン引きの“プロ”はいなくなっているかもしれない。

 ただ、この世に男と女がいる限り、色にまつわる商売は絶えない。「社長! いいコいますよ」「オッパブ、いかがっすか」──法律すれすれで酔客にすり寄る現代のポン引きは、どんな思いで夜の街に立っているのだろう。

週刊朝日  2018年3月30日号