翌日から早速、新チームがスタートを切った。保健体育教諭の丹羽俊亮が新しく監督に就任した。石山は外部コーチとして選手だけでなく指導者にも戦術面を含めてアドバイスをし、育てることも期待されているが、まずは丹羽流のチーム作りを任せた。

「愛される野球部 ~積善の功 幸あり~」

 丹羽が提唱した目標で、バックネットに掲げられた。

「学校関係者はもちろん、地域住民からも愛され、応援してもらえる。そして、いいことを積み重ねていけば必ずいいことがあるから日常生活をしっかりしよう」

 すでに“礼儀正しい野球部”と町から評価を受けていたが、丹羽はさらに一歩踏み込んだ姿勢を選手に求めた。

 立春が過ぎ、久しぶりにグラウンドを訪ねた。どの選手たちも体がひと回りどころかふた回りも大きくなっていた。特に下半身は筋肉が隆起しユニホームがパンパンに張っている。

「とにかく体作りから始めた。食事の面ではごはんの量を増やし、練習前と合間にもおにぎりやごはんを取らせた。基礎体力の数値があまりに低すぎるので、トレーニングで鍛え上げ、冬場はスイングの量を徹底的に増やした」(丹羽)

 最初は選手らに戸惑いもあったが、個性派の上級生と比べておとなしいゆえ、まっさらな状態から始めるのに好都合だったという。

 引き続きエースを任される石田成はあいさつを終えるや口角泡を飛ばしながら、「俺たち、ヤバイっすよ、ホント、ヤバイっすよ」

 まるで出川哲朗のようだったが、真剣なまなざしで訴えてきた。トレーニングによるパワーアップやスピード強化に自信がついたという。実際に左中間後方の高さ8メートルの防御ネットの先にある校舎4階の窓には新しくトタンの覆いが施されていた。

 先輩たちの「歌舞伎打線」の際にはなかった120メートル弾直撃対策だ。これからさらに飛距離や強い弾道を伴う打球が見込まれ、打撃練習の際は駐車場の車の移動を呼びかけることになるだろうという。石山の腰を据えた指導も待っており、湿ったままで終わらせていた「歌舞伎打線」の爆発にいやが上にも期待がかかる。

 大学進学する須崎は昨夏の大会前に“大学でも使おう”とキャッチャーミットを新調した。名前だけでなく、「恩返し」の刺繍(ししゅう)もし、ミットを包むケースには大学名ではなく、「小鹿野高校」とある。

「小鹿野は自分の誇りです」

 たくさんの人の思いを背負う小鹿野高野球部に「甲子園」という新たな歴史が刻まれる日はそう遠くないだろう。(一部敬称略)

週刊朝日  2018年3月30日号