その一方で、ブギ・ロック調で、揺れる心を自問する「believe believe」では、自らを鼓舞し、勇気づけるように力強い歌を聞かせる。がらっぱちな彼女の一面がのぞいて見えるのも面白い。

 音楽的な斬新さでは、JUJUもサウンド作りに加わった、テクノ・アンビエント風な演奏展開の「Let It Flow」、ダンサブルなソウル・ロック調の「Roll the Dice」が光っている。

 R&B/ソウル・テイストの「あの夜のふたり」では、バラード・シンガーとしての本領を発揮している。ファンからリアル・エピソードを募集し、その中から、別れた恋人同士が時を経て再会するというテーマを選び、松井五郎が作詞した。

 本作でのハイライトは3曲。いずれもバラードだ。

 まず、平井堅が作詞、作曲を手がけ、吉田羊とデュエットした「かわいそうだよね(with HITSUJI)」。平井堅は「美しい、切ないJUJUナンバーは既に沢山あるので、今までの彼女に無い、泥臭い、心の嗚咽の様な曲を目指したつもりです」と語っている。

 くだらない服、話、笑顔、平凡な夢、恋人……ああはなりたくないと哀れみの目で見ていた自分こそが、からっぽで、無様な“あたし”“かわいそうなのはあの子じゃなく あたしだった”と歌われる。JUJUはこの曲のテスト録音で、感情を込め過ぎて泣きそうになり、歌えなくなったという。

 次に「あなたがくれたもの」。JUJUとE-3、小田和正が作詞し、小田が作曲と制作、ピアノ、ギターも務めた。恋人との別れを描いた歌で、小田からは日本語の発音をはじめ、歌の区切り方など入念な歌唱指導を受けた。歌入れだけで3日かかったといい、丹念な歌唱はその成果を物語る。

 もう一つは「東京」。映画『祈りの幕が下りる時』の主題歌で、東京生まれではない彼女が見てきた東京や、離れて暮らす親、家族への思いを込めて歌ったという。ビデオ・クリップも感動的だ。

 JUJUが語るには、アルバム『I』を作る際に過去の自分の肯定し、今の自分の再構築をしたいと思ったという。表題曲にはJUJUのこれまでと今、これからの歩みへの思いと共に、聴き手への感謝が込められている。大人の女性の強さ、弱さ、憂いや切なさを等身大で描いて見せた、ヴォーカリストJUJUの成熟ぶりを物語る佳作だ。(音楽評論家・小倉エージ)

●『I』初回生産限定盤=DVDつき(ソニー・ミュージック AICL-3489~3490)
●『I』通常盤=CDのみ(同 AICL-3491)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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