【文豪の湯宿】正岡子規が疲れを癒した…室町時代からの隠し湯 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】正岡子規が疲れを癒した…室町時代からの隠し湯

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鈴木裕也週刊朝日

子規が「はて知らずの記」で書いたとおりの風景が今も残る岩松旅館名物の七曲りの階段(現在は88段)

子規が「はて知らずの記」で書いたとおりの風景が今も残る岩松旅館名物の七曲りの階段(現在は88段)

自慢の天然岩風呂。傍らを広瀬川が流れる

自慢の天然岩風呂。傍らを広瀬川が流れる

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「正岡子規」の「鷹泉閣 岩松旅館」(宮城県・作並温泉)だ。

【写真】傍らを広瀬川が流れる、岩松旅館自慢の天然岩風呂はこちら

*  *  *
 明治26年8月5日、長旅の途上にあった25歳の正岡子規は作並温泉にたどり着いた。俳句で身を立てる決意をして、『奥の細道』の跡をたどる旅に出たのが7月19日。8月20日に帰京するまでの33日間を紀行「はて知らずの記」として発表した。

 作並の宿となった岩松旅館のことを、子規はこう描写している。

〈山の底にありて翠色窓間に滴り水聲床下に響く。絶えて世上の涼炎を知らざるものの如し〉

 その温泉については、〈温泉は廊下伝ひに絶壁を下る事数百級にして漸(ようや)く達すべし。浴槽の底板一枚下は即ち淙々(そうそう)たる渓流なり〉と記し、数句を詠んだ。

 涼しさや行燈うつる夜の山

 夏山を廊下つたひの温泉(いでゆ)かな

 岩松旅館の天然岩風呂は室町時代から続く隠し湯。1796年に、岩松家11代目当主が仙台藩主にその効能を人々と分かち合いたいと願い出て認められた。それから8年がかりで岩山を開き、谷底に下りる急斜面に97段の階段を切り、開湯した。

 30キロ近くの山道を歩き、疲れていたであろう子規の足は、この湯に癒やされたにちがいない。

(文/本誌・鈴木裕也)

■鷹泉閣 岩松旅館(ようせんかく いわまつりょかん)
仙台市青葉区作並温泉元湯

週刊朝日  2018年3月16日号


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