帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
「湿」はおそるべし(※写真はイメージ)「湿」はおそるべし(※写真はイメージ)
 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒 養生訓】(巻第六の9)
風寒暑は人の身をやぶる事、はげしくして早し。
湿は人の身をやぶる事おそくして深し。(中略)
湿気は人おそれず。人にあたる事ふかし。
故に久しくしていえず。

 養生訓では病気を引き起こす外邪として風、寒、暑、湿をあげています。このうち湿については、こう語っています。

「風、寒、暑は人の身体を病めること、はげしくて早いが、湿はおそくて深い。そのせいで、風、寒、暑についてはおそれるのに、湿についてはおそれない。ところが、湿は身体の中に深く入り込んでくるので、容易に治らない」

 つまり、風、寒、暑にくらべてこわがることのない湿気を甘く見てはいけないと言っているのです。続けて、こう注意しています。

「湿気があるところからは早く離れるべきである。山中の川岸の近くからは遠ざかったほうがいい。低地で水に近いところ、床が低いところに、坐ったり横になったりしてはいけない。床を高くし、床の下の壁に窓を開けて、気の流れをよくする。塗りたての壁に近づいて坐ったり横になったりしてはいけない。湿気にあたって病になり、治りにくい。あるいは疫病(伝染病)になることがあるから、恐れなければいけない」(同)

 湿気こそが日本の風土の特徴で、じめじめ、べとべとした日常から日本の文化は生まれたという説がありますが、換気扇やエアコンがない時代には、日本人の生活に湿気は深く関わっていたのでしょう。

 豊臣秀吉の領土的野心による2度の朝鮮への出兵、つまり文禄の役と慶長の役は戦略の欠如の見本だと言われていますが、この文禄の役についても益軒は触れています。「文禄の朝鮮の役で戦死者が少なく、疫病で死んだ人が多かったのは、陣屋(兵営)が低くまばらで、兵士が寒・湿にあたったせいだといわれている」(同)、だから居室も寝室も高くて乾燥したところにしなさいというのです。

 
 比叡山には「論湿寒貧(ろんしつかんぴん)」という言葉が伝えられていて、この4文字は修行僧が立ち向かう課題を示しているのだそうです。「論」は議論をつくすこと。「寒」と「貧」は寒さや貧乏に耐えるということでしょうが、それと共に「湿」があるのが、目を引きます。「(修行僧にとって)春夏秋冬を問わず、肌にべっとりまとわりつく湿気とのたたかいが生活の基本となっている。(中略)そのたたかいに敗れた者は病いに襲われ、山を去り、挫折の道を歩いていくほかはなかった」(山折哲雄著『ニッポンの負けじ魂』)というのです。

 現代中医学では「湿」による病気の特徴をこう説明しています。

(1)湿の性は粘膩(じ)[=しつこい]で除去しにくく、病程は長く、急には治りにくい。
(2)湿の性は停滞する。体表を侵すと全身倦怠、頭重感、四肢沈重など、経絡、関節を侵すと関節痛や運動制限などの症状が現れる。
(3)湿邪は脾(消化器)を侵しやすく、食欲不振、消化不良、腹部膨満、胸内苦悶などの症状が現れる。
(4)全身あるいは局部に水湿が停滞すると、水腫、脚気、白帯下(白色のおりもの)、湿疹などが現れる。

 まさに「湿」はおそるべしです。

週刊朝日 2018年3月16日号

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帯津良一

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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