【文豪の湯宿】あの名作に描かれた旅館 偽名で滞在した著者「紅葉山人」とは? 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】あの名作に描かれた旅館 偽名で滞在した著者「紅葉山人」とは?

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「紅葉の間」には、愛用のカメラや生原稿のほか、紅葉山人名義で残した「大智敬三昧索」の書も展示されている

「紅葉の間」には、愛用のカメラや生原稿のほか、紅葉山人名義で残した「大智敬三昧索」の書も展示されている

歴史的木造建築として残されている本館

歴史的木造建築として残されている本館

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「尾崎紅葉」の「清琴楼」(栃木県・塩原温泉)だ。

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*  *  *
 明治の大ベストセラー『金色夜叉』は熱海が舞台という印象が強い。だが、物語の終結部分を担う重要な場所は塩原温泉なのだ。同書は、明治31年から断続的に前編、中編、後編と発行され、その後も毎年のように続編、続々編と刊行され続けた。

 続編を待望する読者からのプレッシャーに心身を病んだ尾崎紅葉は、療養のため明治32年6月10日から約1カ月間、当時「佐野屋」と名乗っていたこの宿に滞在した。

〈一村十二戸、温泉は五箇所に涌きて、五軒の宿あり。此(ここ)に清琴楼と呼べるは、(略)四面遊目に足りて丘壑(きゅうがく)の富(とみ)を擅(ほしいまま)にし、林泉(りんせん)の奢(おごり)を窮め、又有るまじき清福自在の別境なり。〉

 紅葉は「紅葉山人」と名乗って宿泊したため、宿側はこの客の“正体”に気づかなかった。後日、小説に描かれている清琴楼こそ佐野屋と確信。この客が紅葉だったと知る。

 その後、何度も紅葉は塩原を訪れるが、続々編刊行後まもなく胃がんで没する。35歳だった。宿は遺族の了解を得て屋号を「清琴楼」と改め、紅葉が宿泊した部屋を「紅葉の間」として残した。木造建築のレトロな雰囲気が今も宿泊客を癒やしてくれる。(文/本誌・鈴木裕也)

■清琴楼(せいきんろう)
栃木県那須塩原市塩原458

週刊朝日 2018年3月9日号


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