草なぎ剛が語る「あの日の高倉健さん」 (3/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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草なぎ剛が語る「あの日の高倉健さん」

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石飛徳樹週刊朝日
草なぎ剛さん

草なぎ剛さん

草なぎさんに俳優人生とは何かを教えてくれた高倉さん(c)朝日新聞社

草なぎさんに俳優人生とは何かを教えてくれた高倉さん(c)朝日新聞社

 だから健さんといると、いつも楽しかったですね。もしかしたら「あなたへ」の時は、次世代の僕たちに自分の持っているものを惜しみなく伝えようとされていたんじゃないですかね。だから、あれだけ話してくれたんじゃないかな。

「200本以上映画に出ているから」とおっしゃっていましたが、200本って、僕なんかには、神の領域としか思えませんよね。撮影での秘話みたいなこともいろいろ話してくださってね、やらなかったことはなかったって。

 自分で限界を決めないというか、健さんのお話から、そういうことを学びました。やろうと思えば、何でもできるんだよ、って。「健さんだからできるんじゃないんですか」とも思いましたけどね、心の中では(笑)。でも、本当に勉強になりました。

 健さんは、普通に高倉健としてしゃべっていても、映画の中の人間が話しているように感じるんです。健さんはそう思っていないかもしれないけれど。僕たちにはそう見えちゃうし、そう感じちゃう。

 だから、ポツッという言葉に説得力がある。「目だよ、目。役者は目が大事だよ」とか、自分の胸をたたいて、「ここ。ここを持っていないとだめだよ、草なぎちゃん」とかね。

 想像なんですけど、高倉健という人自身の生き方がスクリーンに映っているのは、やはりそれが映画スターだからということなんじゃないかと思います。スターとして一つの映画の黄金時代を築き上げたことは、やはり半端じゃない。

 だから、演じている人物を超えて、健さん自身の熱量が観客を魅了してきたんだな、と。普通に話していてもポッと映画の中にいるんじゃないか、って思っちゃうんですよね。

 いつもと同じ景色の中に、健さんがいるだけで違う景色に見えたりするんですよ。健さんがしゃべると吸い込まれていくし。そういう意味で、健さんのすべてが「高倉健」であり、生き方が「高倉健」であり、「映画」であるというか、現実と映画の区別がつかなくなっていくんです。そういう人っていないですよ。

 撮影当時、僕は37歳だったんですが、それまでやってきた芝居だとか、それ以外の芸能活動が、大げさに言ってしまえば、「あなたへ」で健さんといっしょに仕事をするために存在していたのか、とさえ思うんです。そして、「あなたへ」から現在の僕に至っているんです。


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