いいところが全くない煙草ですが、益軒先生に江戸時代からダメだと言われながら、いまだに命脈を保っているのは、嗜好品としてすぐれた部分を持っているからなのでしょう。

 残念ながら、私自身は煙草をほとんど吸った経験がありません。学生時代に家庭教師のお礼として煙草セットをもらったことがありました。まあ、今ではお礼に煙草セットは考えられないですが。さっそく、馴染みのバーに立ち寄って、一本吸ってみたのですが、少しも旨くない。第一、いちいち火を付けるなんて面倒だと思って、その場でセットをバーのママさんにあげてしまいました。その一本以来、煙草は吸っていません。嗜好品は煙草ではなくてもっぱらお酒です。

 肺がんの手術から1年ほどたった患者さんを外来で診察したとき、付き添いの奥さんに「うちの夫はいまだに煙草をやめられないんですよ。先生からきつく言ってください」と訴えられました。そこで1日何本吸っているのか聞くと、3本だというんです。「いいじゃないですか。ホッとする時間が1日3回も持てるなんて、これは立派な養生ですよ」と答えると、患者さんはうれしそうな顔をして、奥さんは厳しい表情でした。うーん、私も酒はやめるわけにいかないからなあ。

週刊朝日  2018年3月2日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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