SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「雪の日に」。

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 首都圏に大雪が降るたびに、JRが止まったとか、転倒して怪我をした人が何人もいたといったニュースが流れる。多くの都会人は雪が苦手なようである。

 だが、勤勉なる日本のサラリーマン諸君は、たとえ交通機関がマヒしようと何とかして職場にたどり着こうと奮闘努力する。サラリーマン人生を全うできる人々は、「昼ごろ行ってもすぐ夕方になっちゃうんだから休めばいいのに」なんて考える大センセイとは、たぶん根性が違うんである。

 さて、嫌われものの大雪であるが、われわれフリーランスの人間にとっては決して悪いものではない。

 二〇一四年、二月八日から九日にかけて関東地方は記録的な大雪に見舞われた。翌一〇日は月曜日。つまり平日で、そして快晴だった。

 
 サラリーマン諸君は大混雑、大渋滞も顧みず会社に行ってしまった。出勤の必要のない大センセイがふらりと表の様子を見に出ると、近所の女性たちが総出で雪かきをしている。しかも、大半は婆さんである。

 さすがに腰の曲がった婆さんたちに雪かきをさせておいて、自分だけ除雪された道を歩く気にはなれない。

「あのー、スコップ貸してくれたら僕がやりますよ」

 一度も喋ったことのない、大きな一戸建てに住んでいる婆さんに声をかけた。

「あらま、本当? お願いしていいかしら」

 スコップを受け取ると、大センセイ、二〇センチ近くも積もった雪をズンズン道端に放り投げていった。なにしろ造園業のバイトをした経験があるから、スコップの扱いには慣れている。人生にムダはないのだ。

 一戸建ての婆さんが、うっとりした表情で大センセイの筋肉の躍動を眺めている(ような気がする)。

「やっぱり、若い男の人がひとりいると違うわねぇ」

 
 五〇過ぎのハゲのおっさんでも、本物の若い男たちが出払った街ではかような扱いを受けるのである。

 ひとしきり雪かきをしてスコップを返すと、

「ちょっと待ってて」

 婆さん、いったん家の奥に引っ込むと、ビニール袋を提げて戻ってきた。

「あなた、ビールお好き? これ、持ってって!」

 銭形平次の奥さんみたいに、いそいそしている。

 昼風呂に入り、こり固まった筋肉を揉みほぐしながら飲むビールは、うまい!

 味を占めた大センセイ、今年一月二三日の大雪の際も当然のごとく出動した。前夜に降った雪は二〇センチを超えている。平日、快晴、街に若い男はいない。

 やはり一度も喋ったことのない、ハス向かいの一戸建てに住む婆さんにスコップを借りて除雪に励んでいると、娘らしき中年女性がドアから顔を出した。

 
「あのー、お婆さんにスコップ借りました。このへん、きれいにしますんで」

「お天気いいから、融けるんじゃないですかね」

 嫌なことを言う。

 だが、スコップを借りた手前、その家の前だけでもやらないわけにはいかない。日陰の雪は完全に凍っている。汗だくで雪を割っていると、今度は真向かいの家の婆さんがドアを開けた。

「あら、助かるわ。あたし腰が痛くてできないのよ」

 お宅の前もやるとは言ってません。

 二時間ばかり凍てついた雪と格闘したが、ビールの差し入れもなく、道端に寄せた雪の塊は不吉な予言どおり、夕方までにほとんど融けてしまった。

 親愛なるサラリーマン諸君、雪の日には、やっぱり何が何でも出勤するのが正解のようですな。

週刊朝日 2018年2月16日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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