田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数
石破氏の主張は正論だ(※写真はイメージ)石破氏の主張は正論だ(※写真はイメージ)
 ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍首相が示した憲法9条の改憲案について、石破茂氏の主張を取り上げる。

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 安倍晋三首相は1月30日の衆院予算委員会で自身の改憲案について、安全保障法制で認めた集団的自衛権行使の範囲は広がらないと説明した。

 安倍首相は2017年5月3日、9条1、2項を残したまま、憲法学者たちから「違憲」との指摘があるとされる自衛隊を9条に書き込む独自案を打ち出した。そして、その後の国会答弁では「自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」と繰り返してきたのである。

 それに対し、総裁選に出馬する姿勢を固めている石破茂氏は、「交戦権なき自衛権という概念は存在しない」と主張している。

 憲法9条の2項で、わが国は戦力を保持しない、交戦権を認めない、と明記していて、自衛隊を明記するだけでは2項と矛盾する。自衛隊を明記するのならば、2項を削除すべきだというのである。

 石破氏の主張は正論だ。自民党の多くの議員たちは、石破氏の主張が正論であり、安倍首相の表明は矛盾していると、内心は考えているはずだ。現に少なからぬ自民党議員たちから、石破氏正論説を聞かされている。安倍首相からにらまれるのが怖くて表に出せないだけなのである。

 話は飛ぶが、私は若い時代、野党の意見や行動には、ほとんど関心を持っていなかった。

 自民党の主流派と反主流派の論戦が激しく、ダイナミックで、リアリティーがあったからである。多くの首相が辞任したのも、野党との闘いに敗れたためではなく、反主流派との闘いに敗れたためであった。

 ところが現在では、反主流派との論戦……というより反主流派そのものがいなくなり、自民党議員たちのほとんどが、安倍首相のイエスマンとなってしまった。だから、政治がつまらなくなった。これは、選挙制度が変わり小選挙区制となったことで、議員たちは「執行部からにらまれると公認されないのではないか」という不安を抱いているためだ。

 
 一方、野党はいずれも安倍政権下での憲法改正には反対しているが、現憲法下で安全保障の主導権が米国に握られている問題については、ほとんど論議が行われていない。野党は安倍政権の政策批判には熱心だが、いずれの野党も政権構想は示し得ていない。安全保障でも、経済でも、対案を示せていない。だから、安倍一強多弱構造が続くのである。

 それにしても、安倍首相が提唱する改憲案に矛盾があること、つまり石破氏の指摘が正しいということは、安倍首相自身が承知しているはずだ。では、なぜ矛盾した、あいまいな改憲をしようとしているのか。

 一つには、2項削除を表明すれば公明党が反対するのが明らかだからだろう。公明党が反対すれば衆参いずれでも3分の2を獲得できない。仮に他の野党も誘い込んで強引に両院で可決しても、国民投票で否決されることを恐れているのである。

 安倍首相は、本音では、憲法のどの部分をどのように変えるべきか、という具体案を持っているのではなく、戦後、憲法を変えた最初の首相として名を残したいと考えているのではないか。

 現憲法は、敗戦の翌年に占領軍が押しつけた憲法である。少なからぬ国民が、問題点があると認識している。その意味では、与野党が時間をかけて本気で議論すべきである。それを与野党のいずれもが、党利党略の材料としか考えていない。いったいどうなっているのか。

週刊朝日 2018年2月16日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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