黒柳徹子「ベストテンは特別。私たちも、歌手の方も、命懸けで出ていました」 (3/6) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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黒柳徹子「ベストテンは特別。私たちも、歌手の方も、命懸けで出ていました」

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黒柳徹子(くろやなぎ・てつこ)/1933年、東京都生まれ。NHK専属のテレビ女優第1号として活躍。78年の「ザ・ベストテン」放送開始から89年の番組終了までの約12年間、司会を務めた。日本初のトーク番組「徹子の部屋」、著作『窓ぎわのトットちゃん』などで広く知られる(撮影/下村一喜)

黒柳徹子(くろやなぎ・てつこ)/1933年、東京都生まれ。NHK専属のテレビ女優第1号として活躍。78年の「ザ・ベストテン」放送開始から89年の番組終了までの約12年間、司会を務めた。日本初のトーク番組「徹子の部屋」、著作『窓ぎわのトットちゃん』などで広く知られる(撮影/下村一喜)

 覚えていますよ。あれ、みんなが、泣いてないとか、泣いてるときは涙が出ないとかって騒いで、おかしかったですよね。

――放送中、黒柳さんが涙を拭いてあげる一幕も。

だから、本当に泣いてたのよ。いまもそう信じています(笑)

――久米さんはそのときも「涙は出ていませんでしたね」とおっしゃったり、歌手の方々にずばりと切り込んでいらっしゃった印象があります。今で言うセクハラや下ネタも多かったと思うのですが。

久米さん、若い歌手の女の人に興味ないって言いながら、百恵ちゃんのお尻触ったりしていましたね(笑)。でも、たぶん触りたかったわけじゃないと思うんです。久米さんがそういうことをすると私がすぐさま見とがめて何か言うじゃない? 話を引き出すために面白がってやってたんじゃないかと思います。品性が悪い人じゃないから(笑)

――久米さんとのエピソードで、印象に残っているのは?

番組が始まった頃ですけど、小島一慶さんっていう久米さんと同じTBSのアナウンサーが人気になってらしたんですよ。だからある日、オープニングで「こんばんは小島一慶さん」って言ってみたんです(笑)。そうしたら平気な顔で「何ですか里見京子さん」って返してきてね。里見さんっていうのは、ラジオ番組「ヤン坊ニン坊トン坊」のトン坊で私がデビューしたときの、ヤン坊をやった方なんです。そのとき、この人すごいなって思いました。リハーサルのときもそんな話をしたわけじゃないのに、いきなりその名前が出てきたんですからね。びっくりしました、この人は用心しないと、って(笑)

――久米さんは、ほかの番組では見られない表情や反応を、みなさんから引き出そうとしていたそうですが、黒柳さんも同じお考えでしたか?

私は作為的に何かを引き出そうとかはしていませんでしたけど、その人の純真さとか、清潔感とかは引き出したいって思っていましたね。若くして有名になってすごいけれど、それがどんなに大変かっていうのもわかるから。百恵さんがいい例ですよね、あんなに早くお辞めになって。


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