「安倍政権は日米安保条約を改定すべき」久間元防衛相が大胆発言!

(左から)木村三浩・一水会代表、久間章生・元防... (07:00)週刊朝日

(左から)木村三浩・一水会代表、久間章生・元防... (07:00)週刊朝日
 名護市長選挙、県知事選挙と選挙イヤーとなる沖縄に横たわる数々の大問題。相次ぐ米軍ヘリの事故、危険な低空飛行訓練、米兵の犯罪……。橋本政権下で辺野古移設を決めた久間章生元防衛相は「日米安保条約を改定するしか道はない」と大胆な持論をぶちあげた。元外交官の孫崎亨氏、一水会代表の木村三浩氏と徹底討論した。

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木村:今年は沖縄にとって選挙イヤーで、11月に沖縄県知事選があります。前回、普天間飛行場の名護市辺野古への移設反対を掲げた翁長雄志氏が、推進の仲井眞弘多氏に10万票差をつけて大勝しました。以来、翁長知事が率いる「オール沖縄」は衆院選と参院選も制し、沖縄は基地建設反対の民意を示しています。

久間:問題は、民意が本当に正しいかどうかということです。地方の選挙結果の影響を受けて、国が100年の大計を誤ったことがいかに多いか。私は橋本(龍太郎)さんに言われて、1996年12月、辺野古に海上施設を建設することでSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)で合意しました。とにかく普天間飛行場の危険除去が最優先でした。

木村:沖縄の基地負担が重すぎます。米軍嘉手納飛行場への統合案や県外移設、国外移設は模索されなかったのですか?

久間:全部検討しました。嘉手納への統合はもちろん、徳之島やグアムへの移設も提案しましたが、米国は首を縦に振らなかった。県外に持っていけるのなら、われわれだってそうした。全部ダメだったから諦めたんです。民主党政権のとき、鳩山(由紀夫)首相が普天間の移設先を「最低でも県外」と公約して、結局、頓挫しました。後で鳩山さんに、何で私に話を聞きに来なかったのかと言いましたよ。表面上に出てくる話ばかりではなく、裏でも米側と何度も交渉しながら、結局、辺野古しかないと判断したわけですから。

孫崎:あの当時、民主党政権ができて米国もオバマ政権に変わりました。日米ともに政権が交代して、新しい安全保障政策がもしかしたら成立するかもしれない状況でもあった。当時の米国で、最も明確に意見表明していたのはジョセフ・ナイ(元・国防次官補)氏で、辺野古移設は「長期的には解決にならない」「沖縄の支持が得られないのなら再検討すべき」などと米政府に提言していました。要するに、ゴリ押しして日本で反米感情が高まってしまうのは得策ではないと考えたのです。保守系の論客からもこうした主張が出てきて、チャンスはあったが、日本の霞が関は鳩山潰しへと動いてしまいました。

久間:95、96年のころは台湾海峡危機があって、中国と台湾との間で軍事的緊張が高まっていたから、米軍は沖縄に駐留していなければならなかった。だから、普天間の代替施設も辺野古以外に選択肢がなかったのです。あの時点での判断は正しかったと、いまでも思っています。

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