【文豪の湯宿】北原白秋が酔っ払って書いた? “文化の宿”に残る額 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】北原白秋が酔っ払って書いた? “文化の宿”に残る額

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鈴木裕也週刊朝日

白秋が贔屓(ひいき)にしたのが「松」の間。富士と投網を表した窓側の障子の組子模様は昔のまま

白秋が贔屓(ひいき)にしたのが「松」の間。富士と投網を表した窓側の障子の組子模様は昔のまま

普段はロビーの壁に掛けられている「雀百まで」

普段はロビーの壁に掛けられている「雀百まで」

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる新連載「文豪の湯宿」。今回は「北原白秋」の「落合楼 村上」(静岡県・湯ケ島温泉)だ。

【写真】白秋の手による貴重な所蔵品「雀百まで」

*  *  *
 明治・大正期から湯ケ島の“文化の宿”落合楼は多くの文人に愛された。川端康成、田山花袋、梶井基次郎、宇野千代、若山牧水……数え上げればきりがない。昭和になって、この宿を訪れたのが北原白秋だった。

 昭和10年の1月4日から20日まで滞在した白秋は、歌論や「湯ケ島音頭」の歌詞など、多くの作品をこの宿で書いた。特筆すべきは、歌集『渓流唱』37首を詠んだことだ。同歌集の前書きにはこう書かれている。

〈昭和十年一月伊豆湯ケ島落合楼に遊ぶ。掩留二十日余り、おおむね渓流に臨む湯滝の階上に起居す〉

 落合楼では、短歌を墨書きした「六曲一双金屏風」、絵羽織、掛け軸など、白秋の手による貴重な所蔵品を多数有していたが、その大半を記念館に寄贈した。唯一残されたのが写真の扁額(へんがく)「雀百まで」だ。雀たちが踊っているように見える絵に「ありゃせこりゃせ、とよとろりはお湯じゃやら」と墨書きされているが、後半は判読できない部分もある。

「お酒がお好きな方だったと聞いています。酔ってお描きになられたのかもしれませんね」(村上昇男代表)

 文化財の宿を代表する逸品だ。

(文/本誌・鈴木裕也)

■落合楼 村上(おちあいろう むらかみ)
静岡県伊豆市湯ケ島1887‐1

週刊朝日 2018年2月9日号


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