なぜかと言えば、黒澤さんは必ず「もっといいのはないの?」と聞くからです。やっているうちにだんだん「黒澤さんという人は欲張りなんだ」とわかってきました。彼には「選ぶこと」が大切なんです。しかも、「あれかこれか」の2択ではなく3択。自分が選ぶ。気に入ったものを手にすると、黒澤さんは絵がお上手でしたからその場でご自分でイメージを描いていました。デザイナーの言う通りにはしないの(笑)。私は「乱」のデザイン画はケント紙に描いていたんですが、積み重ねると40センチくらいになりました。

 ところが、「乱」は途中で資金のメドがつかなくなり、いったん製作中止になりました。最初に集められたスタッフは解散したものの、私は中止となった時点でほぼデザインを上げており、すでに京都で有職織物の装束を作る染め屋さんや織物屋さんなど各所へ発注も済ませていたんです。

「乱」では、特に唐織という立体的な効果のある織り方を選んでいました。手織りで1日に15センチ、20センチしか織れません。とにかく時間がかかります。しかも、糸を選定し染めてもらい、織ってもらうんですから。布が織り上がると今度は横糸を抜いたり、手刺繍(ししゅう)を加えたり、汚しを加えたり。衣装によっては日焼けさせることもあります。1着制作するのに2、3カ月かかる。資金がないとはいえ、途中でストップをかけるわけにはいかなかったんです。プロデューサーから「この衣装代は一体、誰が払うんだ!?」と言われて「私が払います」と言ったこともありました。

――映画が中止になれば当然、衣装制作はあり得ない。だが、黒澤監督はワダさんの制作への思いをよく理解していたと言う。

 私は1週間に一度、何かができあがったら、黒澤さんのお宅へ伺って「これだけできました!」と報告し、あれこれ相談です。その時点でキャストは誰も決まっていませんでしたし、スタッフも解散状態でしたけど、逆にいえば、二人でじっくり話し合うことができた。ありがたかったですね。

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