こうした隠語の数々は、デパートが小売り業であると同時に接客業だからこそ生まれたものだ。デパートはネット通販などと違って、客と直接対面する。そこに面白さも、辛さもあった。

 売り場に立って間もない頃、見るからにヤのつく自由業の方が来店して、特別展示をしていたオーストリッチのゴルフバッグを買っていったことがあった。

 大センセイ、シューズ担当だったが、たまたま近くにいて捕まってしまった。

「これ、買うから」

「えっ、は、はいっ」

「いくらだ」

「◯◯万円でございます」

 シドロモドロになりながらゴルフバッグをレジまで運ぶと、自由業の方がいきなりジャケットの内ポケットから札束を取り出した。

「数えろ」

 手が震えて、うまく数えられない。たぶん100万ぐらいの束だったと思うが、何度やっても25万ぐらいでアヤフヤになってしまうんである。

「何やってんだ、お前」

 デパートの仕事は体だけでなく、心にも汗をかく仕事なのだ。客の理不尽な要求にも反論できず、疲れても座れない。一日売り場に立っていると、夕方には脚が鬱血してパンパンになった。

 そんな厳しい仕事に耐えていた売り場の人たちは、結束力が強かった。日頃は仲が悪くても、誰かが客対応で困っていれば、必ず助け舟を出した。

 そして、進路を思い悩んでいた若造に、とても優しかった。

週刊朝日  2018年2月2日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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