【文豪の湯宿】徳冨蘆花が最期を迎えた伊香保の老舗 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】徳冨蘆花が最期を迎えた伊香保の老舗

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鈴木裕也週刊朝日
遺作小説『富士』完成の喜びを当主に宛てた手紙がフロントに飾られている

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蘆花も亡くなる直前まで入りたがった100%源泉かけ流しの「黄金の湯」は宿の自慢

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 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は徳冨蘆花の「千明仁泉亭」(群馬県・伊香保温泉)だ。

【宿の自慢の100%源泉かけ流しの「黄金の湯」はこちら】

*  *  *
 伊香保温泉の「石段街」の中央にある1502年創業の千明仁泉亭で、徳冨蘆花は出世作『不如帰(ほととぎす)』を書いた。以来、生涯に10度も訪れるお気に入りの宿となった老舗旅館は、このベストセラーの冒頭に登場する。

<上州伊香保千明の三階の障子開きて、夕景色を眺むる婦人。年は十八九。品好き丸髷に結ひて……>

 よほどこの宿を気に入っていたのだろう。1927年、没する直前にも医者の制止を振り切って伊香保を訪れる。宿に落ち着いて小康を得た大作家はお湯に入りたいとわがままを言い出した。番頭たちは一計をひねり、蘆花を籐椅子に座らせたまま抱え上げ、入浴させたという。その時の嬉しそうな表情をした写真が残されている。また、何としても十数キロ離れた榛名湖に行きたいと言い出したので、輿を作って担いで連れていきもしたという。

 人生の最期を迎えたのもこの宿だ。「後のことは頼む」と遺言して、狭心症でこの世を去った。58歳だった。(文/本誌・鈴木裕也)

■千明仁泉亭(ちぎらじんせんてい)
群馬県渋川市伊香保町伊香保45

週刊朝日 2018年1月26日号


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