ザ・ビートルズ風の「透明でも透明じゃなくても」もトラップ風を加味し、フォーキーな「花狂い」、「summer baby」などサニーデイならではの作風にもそれぞれ新味が加わっている。

 歌詞も興味深い。アニメ映画『この世界の片隅に』や、ウィリアム・ギブスン、ハーラン・エリスンによる近未来世界を描いたSF小説に触発された曽我部が、“戦時下の恋人たち”をテーマとし、荒廃したディストピア的世界を描いた作品群がある。まず「青い戦車」には“雨に濡れた戦場を見に行こう”という一節がある。続く「きみの部屋」にも“恐怖と驚きの一夜を過ごすのもいいのでは?”といった一節や“血と肉と骨はなにからできているの?”という問いかけも。

 ポップなメロディー、スペクター・スタイルの“音の壁”による演奏展開の「花火」では、ピラミッドの上で恋人と寄り添い“まるでお祭りのような明るさ”と花火を眺める様や、花火が止んだ後に訪れる暗闇などが描かれるととともに、“わけのわからないところにいるみたい 遥か彼方の戦場のダンスホール”という歌詞が想像をかきたてる。この歌、隅田川の空襲のドキュメンタリーや、空襲で燃え盛る様は“まるで花火のようだった”という証言に触発されて書いたという。

 T・レックスやデヴィッド・ボウイのグラム・ロックを思わせる「サマー・レイン」は、降る雨に濡れたカップルを描いた歌。“ああ、いつか見たような景色”という歌詞からカップルの背後の荒廃した光景が浮かび上がる。

 曲ごとに季節や情景が異なる。情景が心情を映し出すサニーデイならではの明快な曲はともかく、とらえどころがなく、戸惑いを覚える歌詞世界の曲もある。歌詞の断片に想像をたくましくするしかない。人を突き放すような冷静なたたずまい、雑多な要素が混在する巧妙な曲、斬新な演奏展開、曽我部の歌の吸引力にひきつけられる。『Popcorn Ballads』は意欲作、野心作、力作であり、興味の尽きないアルバムだ。(音楽評論家・小倉エージ)

●『Popcorn Ballads』CD2枚組(ROSE RECORDS ROSE214)
●『同』レコード2枚組(同214X)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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