SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「昭和君、叩かれる」。

*  *  *

 大宮にある鉄道博物館に、鉄道好きの昭和君と一緒に遊びに行ってきた。

 この手の施設に行っていつも思うのは、スイッチやレバーの不足である。子供は何でもいいから自分で押したり回したりしたがるものなのに、博物館とか科学館と名のつく施設には、スイッチやレバーが少ない。来館者の人数に比べて圧倒的に少ないのである。

 もちろん、動かない展示や解説も大切なのだろうが、運転シミュレーターは四五分待ち、ミニ運転列車は整理券がないと乗れないといった事態に遭遇すると、

「もっとスイッチとレバーを増やしてくれんかな」

 と思ってしまうのだ。

 
 押したがり回したがりの昭和君は、スイッチとレバーを求めて野獣のように館内を走り回る。だが、小さな模型を動かすスイッチにも何人もの子供が群がっていて、「一回だけ押してください」という表示があるにもかかわらずペコペコペコペコ押しまくっている。やっと昭和君の番が来たと思うと、横からシャッと手を出して押してしまう。

 大センセイ、横入りが許せないタチであるから、

「順番こだぞ、順番こ!」

 と連呼するのだが、ふと気づくと、昭和君も自分より弱そうな子の番の時に、横からシャッと手を出してペコペコ押している。子供の世界は弱肉強食。誠に浅ましい限りなのである。

 欣求浄土。どこかに昭和君が心置きなくペコペコできる場所はないかと館内をさまよっていると、あったのだ。階段の踊り場の途中という極めて人目に付きにくい場所に、新幹線のパンタグラフを上げ下げできる展示があったのだ。

 昭和君はパンタグラフフェチだし、前には大人四人組の客が一組いるだけ。ここなら思う存分スイッチを押せるに違いない。

 
 昭和君がスイッチ盤に向かってまっしぐらに駆け出した、その時である。

 パシッ!

 いきなり、四人組の中のひときわ体格の大きな男性が、昭和君の頭を平手で叩いた。しかも容赦なく。

「おい、なにすんだよ」

 大センセイが叫ぶと、四人組の中の別の男性がこちらを向いた。若い人だ。

「本当にすみません。発達障害があるものですから」

 どうやら、三人はボランティアらしい。一瞬戸惑ったが、叩いた当人はスイッチを押し続けており、女性がスマホでその姿を動画に収めている。昭和君はびっくりしてポロポロ涙を流している。なんかおかしい。

「いくら発達障害だからって、子供を叩いていいわけないだろう。ちゃんと本人に謝らせろよ」

 障害者だからといって特別扱いして赦免することこそ、差別ではないのか。

 
 発達障害だという男性が、こちらを見た。

「ちゃんとこの子に謝ってくれよ」

 男性の顔が、みるみる紅潮した。

「……あの、あの、ご、ごめん……ご、ごめん……」

「納得したか」

 昭和君がコクリと頷くと、四人組は去っていった。

 正しいことをした。昭和君にとっても、発達障害の彼にとっても。その考えはいまも変わらない。でも、彼の親は外出の度にジロジロ見られたり、迷惑がられたりの連続なのかもしれない。ごめんなさいごめんなさいと頭を下げてばっかりなのかもしれない……。

 当の昭和君は家に帰ると、

「お相撲さんに叩かれた」

 と妻太郎に報告していた。彼の心には何が残っただろうか。

週刊朝日 2018年1月26日号

著者プロフィールを見る
山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

山田清機の記事一覧はこちら