【文豪の湯宿】川端康成が10年間“住んだ”宿 「伊豆の踊子」もここで… 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】川端康成が10年間“住んだ”宿 「伊豆の踊子」もここで…

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玄関先の板場で踊る踊り子を見つめた階段(撮影/遠崎智宏)

玄関先の板場で踊る踊り子を見つめた階段(撮影/遠崎智宏)

正面の書「有由有縁」は自害する3カ月前に書かれたもので、世界中の川端ファンがこれを見に来るという(撮影/遠崎智宏)

正面の書「有由有縁」は自害する3カ月前に書かれたもので、世界中の川端ファンがこれを見に来るという(撮影/遠崎智宏)

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「川端康成」の「湯本舘」(静岡県・湯ケ島温泉)だ。

【川端康成の直筆の書も見られる宿の写真はこちら】

*  *  *
 川端康成が湯本館をいかに気に入っていたかが、エッセー「『伊豆の踊子』の装幀その他」に書かれている。

<十年ばかりの間、私が湯ヶ島に来なかった年はない。殊に(中略)一昨年(大正14年)の初夏から昨年の四月まではずうっと滞在し、今また春が回って来たというのに去年の秋から相変わらず湯本館住いである。>

 実際、川端はこの宿で『伊豆の踊子』全10編のうち4編を執筆。同書の出版届の住所も湯本館だった。お気に入りは1泊80銭の2階5号室。屋形船と同じ造りの“蜘蛛の巣張り”天井の4畳半に、2年余り宿泊した宿賃はツケ払いだった。

 昭和2年4月、上野精養軒で行われた作家・横光利一の結婚式には羽織袴を湯本館から借りて出席。この席で作家仲間に説得され、そのまま東京・高円寺の借家に移住した。

 現在、川端が“住んだ”5号室には、ゆかりの品が多数所蔵されている。直筆の書「秋乃野に鈴鳴羅し行く人見えず」は、川端がノーベル賞を受賞した直後に詠んだ句で「野(ノ)」「鈴(ベル)」の語を織り込み、鈴なりの取材陣が静かにならないさまを表現したもの。一見の価値ありだ。

■湯本舘(ゆもとかん) 静岡県伊豆市湯ケ島1656-1

週刊朝日 2018年1月5-12日合併号


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