縄田:ええ、よくこの人物に着眼したと思います。

長田:2冊目は浮穴(うきあな)みみ『鳳凰の船』(双葉社)です。

縄田:浮穴さんはどちらかというと地味な書き手で、これまであまり注目されていなかった。

長田:でも、とても面白かったですね。北海道を舞台に時代が変わっていく様子を、登場人物を通し感じさせてくれます。そんなにドラマはない。にもかかわらず、夢のような出来事がスッと現れる。

縄田:「川の残映(なごり)」に出てくる外国人商人は函館に貢献しながらもあまり報われていない。そういう人たちが登場人物です。文章がいいですね。例えば、「川の残映」のラストシーンは、もうなくなってしまった川の跡を見るシーンで、こんな感じです。

「とねは、また、どこかで水音を聞いたような気がした。/滔々と水の流れる音が、耳の奥で響き、ふいにやんだ。/思わず足元を見ると、乾いた灰色の地面に、まるで日差しを照り返す水面のような木漏れ日が落ちていた」

長田:台詞もいいですね。表題にもなっている「鳳凰の船」の中で忘れられない一言が出てくる。「船は沈むもんだ」と、主人公の船大工がいう。続けて「どんなに頑丈な船も、嵐にはかなわねえ」と加えます。涙が出そうになりました。船も人生もなんとも儚(はかな)い。

縄田:3冊目、竹内清人『躍る六悪人』(ポプラ社)は新人の第1作です。純然たるエンターテインメントで、題材は歌舞伎や講談でおなじみの「天保六花撰」。主人公の河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)は実在の人ですが、芝居や小説ではかなり虚構化されている人です。

長田:著者の竹内さんはシナリオ作家なんですね。

縄田:その強みが出ています。物語は、江戸にただ一人10万両の隠し財産を持っている者がいる。それが中野碩翁(なかのせきおう)です。中野碩翁も実在の人物で、有名なところだと松本清張の『かげろう絵図』に出てきます。それでひょんなことから、水野忠邦に捕らえられていた河内山宗俊が碩翁の蔵から10万両を奪えと命じられる。そこから一緒に犯罪をする仲間を集めていく。

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