長田渚左(おさだ・なぎさ)/著書に『桜色の魂 チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか』など(撮影/写真部・大野洋介)
長田渚左(おさだ・なぎさ)/著書に『桜色の魂 チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか』など(撮影/写真部・大野洋介)
縄田一男(なわた・かずお)/著書に『捕物帳の系譜』『「宮本武蔵」とは何か』など(撮影/写真部・大野洋介)
縄田一男(なわた・かずお)/著書に『捕物帳の系譜』『「宮本武蔵」とは何か』など(撮影/写真部・大野洋介)

 歴史・時代小説界にとって2017年は、『西郷の首』『鳳凰の船』『躍る六悪人』……と傑作のそろった収穫の年だった。そこで、2017年歴史・時代小説総決算と銘打ち、文芸評論家の縄田一男さんに今年の3冊を選んでもらった。ノンフィクションライター・長田渚左さんとの対談をお届けする。

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長田:2017年のベスト3を縄田先生にあげていただきました。最初は伊東潤『西郷の首』です。

縄田:タイトルに西郷隆盛の名があるのに、この本には西郷は1ページ分しか出てこないんですね。

長田:ところが、西郷の存在の大きさは、ページ数では語れないものになっている。すばらしい小説です。

縄田:加賀・前田家から見た幕末維新ものというのも斬新な点です。主人公は、足軽の島田一郎と千田文次郎で、前田家に京都の治安を守りに行けという幕命が下ります。加賀藩の人間というのは井の中の蛙というか、加賀百万石が行けば京都の治安はいっぺんによくなるだろうと信じるわけです。

長田:最初にぶつかるのが池田屋騒動です。それにびっくり仰天してしまって。

縄田:京都の動乱を治めるなんて、とんでもないことだと。池田屋騒動に遭遇して加賀藩がとった行動が京都撤退です。なんとも情けないという声が上がるのですが、決まったことはしょうがない。ここから加賀藩が迷走しはじめるのですが、長州藩と幕府が戦った禁門の変以降、見事なまでの二股膏薬ぶりを見せる。

 そういう加賀藩を描きつつ、最終章でついに西郷の首が出る。さらにラストに控えているのが大久保利通の暗殺。読者は、最後に大久保暗殺と西郷の首が密接に関連していることを知る。きわめて優れた構成です。伊東潤はこれまで剛腕作家と呼ばれていたんですが、この作品は伏線も細かく綿密に張られています。

長田:言ってみれば100メートル走専門だった人がマラソンで金メダルを取ったような本なのですね。主人公は実在の人物なんですね。

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