何度も再飲酒をくり返した井上誠さん(仮名・60歳)は、職場に向かう途中で必ずコンビニに立ち寄った。紙パックの日本酒を購入すると、ペットボトルに移して勤務時間中も飲んだ。井上さんが年輩者のためか咎める人もいなかった。とうとうアルコール性肝硬変になった。痩せ形なのに腹水がたまっておなかは妊婦のように膨らみ、黄疸の症状も出た。それでも連続飲酒発作が起きて食事も取らずに飲み続け、トイレで血を吐いた。鮮血ではなく、どす黒いコーヒー色だった。そのうちトイレまで歩く力もなくなり、洗面器を脇に置いて、飲んでは嘔吐をくり返した。

 現在、断酒して3年以上が経過し、井上さんの表情は明るい。飲酒時、さまざまな重篤な症状が現れて生命の危機が迫っていたはずだが、恐怖感は湧かなかったのだろうか。井上さんはこう答えた。

「自分は大丈夫だろうと思い込んでいました」

 死への恐怖を消してしまうのも、アルコールが脳に悪影響を及ぼしているからだ。前出の垣渕医師が言う。

「アルコールは脳に作用して不安を消してしまうのです。ですから、アルコール依存症の方は、自殺率も高いのです」

(本誌・亀井洋志)

週刊朝日 2017年12月22日号より抜粋