僕がよく行く五反田のスナックがある。そこのマスターは15年以上、芸人をやって辞めた男だ。そんな彼の店には、売れてない芸人さんたちもやってくる。芸歴20年以上たち、M‐1という目標もなくなった芸人さんたちを、マスターはどんな思いで見ているのか?多分、マスターは辞めて5年たった今でも、「もう一度やりたい」という思いが心の隅にあるだろうし、それを必死で打ち消しながら、スナックに立っている気がする。

 とろサーモンの久保田に優勝した2日後、用があってLINEをしたら、返信には「嘘みたいなスケジュールで、まだ信じられなく働いております」と書いてあった。そのあとに「野良犬で15年ずっと外で生き抜いた汚い犬が急にスタジオという室内で飼われだすのは免疫ついてないですわ」と書いてあった。ギリギリ間に合ったとろサーモン。

 M‐1の行われた夜、そのスナックで、M‐1で最下位だったコンビのボケに会った。ハイボールを飲みながら「とろサーモン、優勝できてよかったな~」。そう呟いた彼の言葉は本音だろうし、そこに妬みもない。そこでチャンスを掴めず、もがき続けているからこそ本気で祝えるのだろう。

週刊朝日 2017年12月22日号

著者プロフィールを見る
鈴木おさむ

鈴木おさむ

鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。

鈴木おさむの記事一覧はこちら