円熟の技を見せる細野晴臣円熟の技を見せる細野晴臣
細野晴臣『Vu Ja De(ヴジャデ)』細野晴臣『Vu Ja De(ヴジャデ)』
 4年半ぶりにニュー・アルバム『Vu Ja De』(ヴジャデ)を発表した細野晴臣が、リリース記念のホール・ツアーを実施。その東京公演を見た(11月15日、中野サンプラザ)。

 漫才コンビのナイツ、物まねの清水ミチコと弟のイチロウがゲスト出演。笑いに包まれた幕開けの後に登場した細野は、1曲歌い終えると、「あれがメイン! ここからは気楽な余興なんで~」と、ひとくさり。

 その後は、ずっと活動を共にしている高田漣(ギター他)、伊賀航(ベース)、伊藤大地(ドラムス)を従えての演奏。コシミハル(ピアノ)も加わり、軽快なラテンの「El Negro Zumbon(Anna)」やブギの「Tutti Frutti」で沸かせた。

 懐かしい細野作品やオールディーズのカヴァー曲のあと、亡き遠藤賢司の話題を披露した。かつて遠藤が飼っていたシャムの“寝図美”を細野が預かって飼っていたというエピソード。続けて遠藤の「寝図美よこれが太平洋だ」を演奏した。

 当日のハイライトは、ブギ・ピアノの技巧が光る斎藤圭土が加わった「Ain’t Nobody Here But Us Chickens」など一連のブギ・チューンだった。

 今回の『Vu Ja De』は初めての2枚組。ディスク1は“EIGHT BEAT COMBO”と題されたカヴァー集。ディスク2は“ESSAY”と題されたオリジナル曲集。“普遍性のあるカヴァー作品と、今の生身の自分が出るオリジナルは同居できない”という理由で2枚に分けたとか。

 細野は1940年代のカントリー・ミュージックやブギ・ウギに傾倒して以来、積極的にカヴァーに取り組んできた。今回の“EIGHT BEAT COMBO”は、2013年発表の『Heavenly Music』以来のカヴァー集となる。

 収録された8曲はブギ・ナンバーとオールディーズが中心で、いずれも以前からライヴで演奏を重ね、磨きをかけてきた。細野によれば、それは“よく知っている事柄を初めて体験するような感覚”だったという。自分が関心を持ってきた40年代のポピュラーやジャズは耳になじんでいるはずなのに、実際にカヴァーしてみると、まったく知らない世界で創造された音楽のように感じてしまうというのだ。

 
 タイトルの“ヴジャデ”は、米スタンフォード大学の教授による造語で、デ・ジャヴを逆さにしたそのままの意味だとか。つまり、よく知っている事柄を初めて体験するような、新鮮な感覚のことだ。細野には、そうした感覚に加え、“今の時代は20世紀に完成されたポップスの神髄をうけついでいくことが肝心だ”“やるからには良くしなければやる意味がない。それがオリジンへの敬意というものだ”との使命感もあった。

 幕開けの「Tutti Frutti」。私にとってなじみのあるリトル・リチャードの歌とは違っていて驚いた。細野は元ネタを探し出し“スキャットの王様”と言われたレオ・ワトソンのヴォーカルによるジーン・クルーパ楽団の演奏をヒントにしていた。

 ブギ・ウギのウキウキ感を醸し出す軽妙な演奏と、ひょうきんでユーモラスな細野の個性を発揮したチャーミンな歌に心和む。

 続く「Ain’t Nobody Here But Us Chickens」については、47年録音のフィル・ハリスを聞いて“ブギのなかでも秀逸な出来で、これをカヴァーするのが長年の夢だった”という。“当初は歌えそうになかったが、ライヴで演奏をやり続けた結果、なんとか形になった”とも。

「Susie-Q」はデイル・ホーキンスのヒット曲でスワンプ・ロックの原点とも言える曲。デイルの甲高い歌いぶりとは対照的に、細野は低音の歌声で大人の味わいを出している。

“昔から好きだった”というシェルビー・フリントの「Angel on My Shoulder」は、可憐でキュートな原曲と全然違い、オッサン丸出しなのが愉快。丹念な歌唱は、オールディーズのロッカ・バラードへの愛着や美しいポップスへ憧憬を物語る。

 ボビー・ヴィーのヒットの「More Than I Can Say」では、ボビーがボーイッシュに歌っているのに対し、細野はささやきかけるように歌っている。

 サンフォード・クラークの「A Cheat」では、原曲の内向的でダークなイメージを巧みに描き出した細野訳の歌詞、歌いぶりが聴きどころだ。

 ウィリー・ディクソンの「29 Ways」は、恋人の部屋に行く29の抜け道を歌っている。細野は“29”という数字から“48”という手管を思いつき、下ネタの歌に置き換えた歌詞を挿入したのがユーモラス。

 最後の「El Negro Zumbon(Anna)」は、ラテンへの関心を示している。これからの細野の音楽展開を予告するような曲であるらしい。

 
 ディスク2に移る。

 冒頭の2曲、「洲崎パラダイス」と「寝ても覚めてもブギウギ~Vu Ja De ver.~」は、昭和歌謡への愛着を物語る。

 前者は映画『洲崎パラダイス 赤信号』に刺激され、東京の“赤線地帯”だった幻の街の洲崎を探訪して書いたという。東京から消えていく昭和への思いが込められている。もともとはルンバのリズムから始まったそうだが、過日のライヴでは日本生まれの“ドドンパ”をほうふつさせた。

 後者は石川さゆりに提供した曲のセルフ・カヴァー。これを聴いて思い出したのが「松の木小唄」。こうした昭和歌謡への関心も、これからの細野作品のテーマとなりそうだ。

 印象深いのは『オムニ・サイト・シーイング』(89年)にインストで収録されていた曲に歌詞をのせて再録した「Retort~Vu Ja De ver.~」。二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す植物の変換作用から“悪いものをまき散らすだけの人間への、植物からのアドバイスのような歌”と細野は記している。

『NOSONO HOUSE』時代を想起させる「天気雨にハミングを」など、シンガー・ソングライター的な魅力を見せる一方で、CF曲でのテクノ・アンビエント的な演奏もあり、音楽展開は幅広い。

 かつては苦手だったという歌が、今は楽しくてしようがないと語る細野。本作では味わい深いヴォーカリストとしての魅力を発揮。カヴァー曲でのバンド・サウンドの充実も見逃せず、成熟し、洗練されたものになっている。細野自身が手がけた解説も相変わらずの博識で、お見事!というしかない。(音楽評論家・小倉エージ)

●『Vu Ja De』(ビクター VICL-64872~3)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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タイトル“ヴジャデ”の意味は?