昨年ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディラン
昨年ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディラン
膨大な楽曲の音源を持つディラン
膨大な楽曲の音源を持つディラン
ステージでエレキギターを掲げるディラン
ステージでエレキギターを掲げるディラン
ボブ・ディラン『トラブル・ノー・モア(ブートレッグ・シリーズ第13集)1979-81』デラックス・エディション
ボブ・ディラン『トラブル・ノー・モア(ブートレッグ・シリーズ第13集)1979-81』デラックス・エディション

 ボブ・ディランのファンは年末のこの時期に一喜一憂する。ディランの未発表曲やライヴ音源などを収録した“ブートレッグ・シリーズ”が発売されるからである。今年も11月8日に『トラブル・ノー・モア(ブートレッグ・シリーズ第13集)1979―81』が出た。うれしい知らせではあるのだが……。

【ディランからのクリスマスプレゼントは…】

 このシリーズは1991年発表の『1~3集』以降、しばらくは2枚組または3枚組だったが、2008年の『8集』では3枚組のデラックス・エディションが登場。それが13年の『10集』では4枚組となり、15年の『12集』ではCD18枚組+アナログ盤9枚のコレクターズ・エディション(9万円超!)も発表されるに至った。その都度、スタンダード盤も発売されてきたが、その全貌を知りたいファンにとっては懐具合との相談が必要になってしまうのである。

 今回の『13集』のデラックス・エディションは100曲の未発表音源を収録している。CD8枚に未公開映像のDVD1枚がついて税別3万円。

 ユダヤ教の戒律の下で育ったボブ・ディランが“ボーン・アゲイン・クリスチャン”として改宗し、宗教歌に真っ向から取り組んだ“キリスト教3部作”あるいは“ゴスペル3部作”とも称される『スロー・トレイン・カミング』(79年)、『セイヴド』(80年)、『ショット・オブ・ラブ』(81年)の制作時におけるアウト・テイクやリハーサル・テイク、同時期のライヴ音源から選りすぐられたものだ。

 スタンダード・エディション(税別3600円)には、デラックス・エディションの1、2枚目にあたる未発表ライヴ音源30曲を収録している。

 振り返れば65年、ディランがエレクトリック・ギターを手にし、バック・バンドを従えて活動を始めた際、フォーク・ファンからは非難の声が上がった。カントリー・ミュージックに取り組み、スタンダード曲をカバーした70年の『セルフ・ポートレイト』にもファンは困惑した。それらにも増して、キリスト教への改宗と宗教歌の実践は物議を醸した。

 改宗のきっかけは、ステージに投げ入れられた十字架を拾った次の日、それをポケットの中にみつけ、その夜、ホテルの部屋でイエスの顕現を体験したこととディラン自身は語っている。それ以来、キリスト教会での聖書勉強会に通い、79年春に洗礼を受けた。

 ツアー・バンドの女性コーラスをはじめ、親密な間柄になった複数の黒人のガール・フレンド(そのひとりキャロリン・デニスと結婚し、後に離婚)や、ディラン周辺のミュージシャンの多くが改宗していたことも関係していたようだ。

『スロー・トレイン・カミング』に伴うツアーでは、女性コーラスのゴスペル・ソングで始まり、同作の収録曲と未発表の曲だけが歌われた。過去のヒット曲、代表曲は一切なし。ときに聖書の教えを説く長い説教も挟まれ、スピリチュアル・コンサートどころか、宗教集会さながらの模様を呈した。続く『セイヴド』を含め、一連の宗教歌には賛否両論の声が続いた。

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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