2度目の七冠独占を果たした井山裕太さん (c)朝日新聞社
2度目の七冠独占を果たした井山裕太さん (c)朝日新聞社

 どの世界でも、ひとたび先頭に立てば、その座を譲らない限り、追う者の照準にさらされ続ける。第一人者の宿命だ。しかし、囲碁棋士の井山裕太(28)は振り返らない。前傾姿勢をますます深くして、未踏の荒野を突っ走る。

「信じられない。もう一度というのは客観的にみて現実的ではなかったので」

 10月17日午後6時36分、静岡・熱海の第42期囲碁名人戦七番勝負第5局で、挑戦者の井山は名人の高尾紳路(41)を下した。シリーズ4勝1敗で名人を奪還するとともに、自身が昨年成し遂げた史上初の囲碁七大タイトルを再び独占した。

 日本の囲碁界には、ボクシングのようにチャンピオンにチャレンジャーが挑む挑戦手合制のタイトル戦が七つある。井山の登場以前は群雄割拠の時代が長く続き、将棋界では羽生善治(47)が1996年に七冠独占を遂げたが、囲碁界では不可能といわれてきた。

 2002年、12歳でプロになった井山は、08年に19歳で名人挑戦者となり、10代初の七大タイトル戦デビューを果たす。以後、トップ棋士との戦いを経て昨年4月、十段を奪取し七冠を独占。しかし同11月の名人戦で高尾に敗れ、独占は197日で崩れた。

 七冠復活には、残る六冠をすべて防衛しなければならない。その時々の最強の棋士を迎えて全勝するのは至難の業だ。さらにトップ棋士がひしめく名人戦リーグを勝ち抜き、挑戦権を獲得し、待ち構える名人を破らねばならない。1度目よりさらに難度は高く「奇跡の中の奇跡」といわれた。

 井山には七冠再挑戦の強い意志はなかったようだ。「気づいたら七冠」だった。盤上のパフォーマンスが衰えなかったのは「世界一」の夢があるからだ。

 小学3年のとき、2年連続で小学生名人になったごほうびに中国の子ども大会に出場した。「小学生では無敵」の自信は、生まれて初めて年下に敗れ打ち砕かれた。あぜんとした。「いずれこいつらとやり合う棋士になる」と志を立てた。

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