「雇用環境が改善したとは思いません。求人が増えても、最低賃金ぎりぎりの給料で長時間の勤務を余儀なくされている人は少なくないのです」

 坂倉氏の元には相談が絶えない。残業代をあらかじめ上乗せした見せかけの基本給で人を集めようとする「求人詐欺」や、勤務時間後にファミレスなどで会議を開く「残業隠し」と呼べるような事例もあるという。

 坂倉氏が心配するのは、安倍政権が適用範囲の拡大を目指す「裁量労働制」についての相談が増えたことだ。仕事の進め方や働く時間を社員が柔軟に決められる制度で、企業はあらかじめ決めておいた「みなし労働時間」に基づき、残業代を含めた賃金を支払う。対象範囲をこれまでの専門性の高い仕事などに加え、法人向けの営業職などに広げようとしている。

「個人向けの訪問営業や宣伝部門の担当者など、本来、対象外であるはずの社員に裁量労働制を適用する事例がすでに見受けられる。適用範囲に関するルールにあいまいな部分も多い。抜け道が残ったまま対象が拡大されれば、人件費を抑えるため恣意的に利用する企業も出てくるでしょう」(坂倉氏)

 安倍政権のもとでは、社員間の格差も広がっている。総務省の労働力調査によると、役員を除く雇用者に占める非正規雇用の割合は、16年平均が37.5%と12年平均の35.2%から上昇した。16年の数値は調査開始以来、過去最高だ。

 非正社員は、企業にとって都合よく使える面がある。賃金水準は正社員の約6割にとどまるとされ、福利厚生なども手薄だ。政府は待遇を改善しようと「同一労働同一賃金」の実現を目指すが、企業が正社員の待遇を切り下げる口実にするとの懸念がある。(池田正史)

週刊朝日 2017年11月3日号より抜粋

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池田正史

池田正史

主に身のまわりのお金の問題について取材しています。普段暮らしていてつい見過ごしがちな問題を見つけられるように勉強中です。その地方特有の経済や産業にも関心があります。1975年、茨城県生まれ。慶応大学卒。信託銀行退職後、環境や途上国支援の業界紙、週刊エコノミスト編集部、月刊ニュースがわかる編集室、週刊朝日編集部などを経て現職。

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